【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】モノづくり技術と「社会技術」を磨く(後編) (株)高瀬金型 代表取締役 高瀬 喜照氏 (愛知)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)高瀬金型(高瀬喜照代表取締役、愛知同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

社員との対立

 1982年に創業した(株)高瀬金型が、社員が10数人になったとき、貸工場に代えて工場を新設し(2004年)、借金ができました。このころ、客先から納期、品質に関する要求も厳しくなりました。社長としては対応しないと給料も払えませんが、社員は「やれん」と前向きになってくれません。対立が解けないまま、新卒社員を初めて採用(2005年、6人)、うち3人で新たなラインを作り、社長が直に教えました。新卒を採用し、自ら育て、既存社員との対立をやり過ごそうとしたのです。しかし、新入社員にも社長の考えはすぐには理解されませんでした。

 この対立は徐々に消えていきました。この数年社長と社員のコミュニケーションがよくなり自分の思いが伝わるようになりました。かつては、社長は社員に「ガーガー」言っていましたが、今は、経営にほとんど口出しをせず、社員に任せています。同社ホームページ「社員紹介」のサイトの冒頭には、「一人ひとりが意見を出し合い、社員全員が会社経営に参画しています」と書かれています。全社員参加の経営システムが対立を解消していったのです。全社員参加の核になるのが、経営指針と部署別損益計算です。

経営指針書作成、目標と情報共有

 同社は毎年経営指針書を作成しています。経営全体に関する指針は社長、専務、部長1人、課長1人、リーダー1人で構成される経営企画室が作成します。それに基づき成形製造部、金型製造部、営業部などの下に形成されている15グループごとの行動指針を、グループトップのリーダーを中心にグループメンバーが作成します。上記の経営企画室のメンバーも加わります。あるグループではグループ目標として「仕掛金額800万円を640万円に」などがあげられ、さらに個人名が明記された「ニッパーを使用する製品の立ち上げを早くできるようにする(短縮目標8分)」などの個人目標も設定されています。以上は次の意味があります。

 第1は社員全員が目標を持つことです。社員が経営指針書の作成に関わることで、経営全体と部署の目標を自分のものとし、個人目標も設定します。目標がなければ能力の発揮もできず、働きがいを感じることもできません。経営全体と部署の目標を自分のものとすることにより組織目標達成に喜びを感じ、個人目標の達成により個人としての成長を感じることができます。

 第2に、経営指針書は情報共有の手段ということです。指針書の作成は経営幹部層が発する情報を一般従業員が共有し、一般従業員が発する情報を幹部層が共有し、従業員同士が水平的に情報を共有する場です。情報は人の行動の基になるもので、情報が共有化されていれば、いちいち命令されなくても自律的に行動できます。情報の共有化は、特定の人が情報を独占している場合と違って、人と人を対等化し、連帯を基盤とする人間関係をつくり上げます。同友会の組織原則「自主・民主・連帯」の基になるのも情報共有です。

部署別損益計算による見える化と主体化

 同社ではグループへ配分された間接経費とグループの原材料費、人件費を基にグループごとに損益計算を行っています。その目的は「見える化」です。全社1本の損益計算だと、自分たちの労働の成果が見えてきません。自分たちの労働の何が良いか悪いかは、部署の損益計算から明らかになり、従業員がPDCAを回す主体になれます。

モノづくり技術と「社会技術」

 以上の仕組みで全員参加型の経営が形成されましたが、そのためには試行錯誤と時間が必要でした。高瀬社長は、仕組みがなければ個人にいろいろ言ってもできっこない、竹やりでB29を落すようなものだと、仕組みづくりの重要性を強調します。これは、仕組みづくりは経営理念実現のための技術だと言っているように聞こえます。企業にはモノづくり技術だけでなく、このような社会的目的達成のための「社会技術」の創出・活用も必要なのです。

会社概要

設立:1982年
資本金:1,000万円
従業員数:130名
事業内容:プラスチック部品用金型設計・製造、プラスチック部品の射出成形製造、プラスチック部品のアッセンブリ

「中小企業家しんぶん」 2022年 12月 15日号より