黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)ヒラマツ(平松洋一郎代表取締役社長、三重同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。
前編ではヒラマツのモノづくりから福祉事業にわたる唯一性の強い専門的な事業について述べましたが、それは次のような労働に関するマネジメントを基盤としています。
年功序列の堅持
平松社長は終身雇用・年功序列賃金の堅持を強調します。その理由は技術の蓄積のためです。設計は技術の要ですが、平松社長によると同社では現場を経験した人でないと設計できず、外部からの設計者導入は役に立ちません。設計者の育成は組み立てを行っていた人をベテラン(例えば再雇用者、定年は60歳で再雇用を希望した人は断りません)が指導するというような形で行われます。指導者もその下で学ぶ人も長期雇用という土台があってこそ、その関係が生まれます。したがって給与も長期勤務を促す年功序列型です。また、次に述べる「モノづくりを楽しむ」を理念とする企業には、給与の評価制度により従業員の競争を促す仕組みは合わないことも理由として挙げられます。
モノづくりを楽しむ
ヒラマツは先代社長平松正彦氏のころから「モノづくりを楽しむ」を理念としていました。ここには次のことが含意されています。
製品の誇りと顧客の喜びの共有:同社は40年前に納品した洗車機を取り換えたことがあるように、できるだけ長く使える製品を作ります。鋼構造物では他社ではできないような仕事を選好します。このような、顧客に喜んでもらえる、誇りを持てる製品を提供します。顧客の喜びを得ることが自分たちの喜びとなり、モノづくりが楽しくなります。
従業員間での楽しみの分かち合い:1人で作れるものはありません。鋼構造物部門では加工図の設計者と作業者が綿密に打ち合わせます。製品ごとに図面が異なり、図面を工場に流せばモノが作れるとは考えていないからです。また、綿密な打ち合わせは楽しいから行っています。打ち合わせはみんなが知恵を出し合う場であり、頼り・頼られるという人同士のよき関係が形成される場です。ですから、打ち合わせの場はきれいでしゃれた雰囲気の事務所棟に設けられています。
顧客との顔の見える関係の形成:モノづくりの楽しみは、労働の成果物を見て自分の能力を確信できることから生まれます。それは、その成果物を使う人に喜んでもらうと倍加します。とはいえ、工場の作業者と顧客は顔が見える関係にはありません。そこで、ヒラマツでは来客があれば工場を見てもらいます。これに効果があったのがしゃれた雰囲気の事務所です。大手の顧客も打ち合わせに来社してくれます。
平松社長の願いは「モノづくりの楽しみ」に共感する人々と仕事をすることです。そのため常日頃から「モノづくりの楽しみ」を口にし、社員の同感を得ることを楽しみにしています。平松社長は同社に勤務する20人の外国人も「モノづくりの楽しみ」を共有しているとし、その証として、20年(ブラジル人)や9年(ベトナム人)も働いている人がいることなどを挙げました。同社ホームページには、「図面を見ながらどう組み立てるかを考えたり、分からないことがあれば先輩に相談したりして、みんなでひとつのモノを作り上げることにやりがいを感じます」といった労働の楽しさを伝える現場作業者の声が載せられています。
15人で作る経営指針
ヒラマツの運営の核になっているのが「経営指針」です。課長以上の管理職15人が参加し、毎年作成されます。平松社長が兵庫同友会の経営指針成文化セミナーで勉強し(2015年)、初めて経営指針を作成し、経営計画発表会を開いたのが社長就任3年目の2016年でした。平松社長は、そのころの自分は「とにかく会社をよくしたい」「もっと受注し、もっともうかりたい」というような漠然とした未来しか描けず、ただただがむしゃらに突き進むしかなかったため同友会で学んでいた経営指針にすがったと「第69期経営指針発表にあたって」で述べています。
指針の作成は5月、6月に月1回ずつの会合で議論し、7月の合宿で完成させ、9月2週目にホテルを借りて全社員に発表します。指針の項目は多岐にわたっていますが、随所に「モノづくりを楽しむ精神」、特に「楽しみを分かち合う」に沿った記述が盛り込まれています。例えば、「経営理念」:互いに支え合い作用し合い、だれもが幸せに暮らせる社会を創造する、「HDGs(Hiramaz Development Goals)―モノづくりを楽しむ精神―」:コミュニケーションを大切にし、相互信頼を深め信頼し合える職場の形成に努めます。個々の特性を理解し、人権を尊重し誠実で公正な企業であり続けます、「ヒラマツの行動指針」:仲間を頼ろう! 困ったときは助けて! お互い様!、「品質方針」:物事の本質を捉え、誠心誠意応えます、モノづくりを楽しむ精神、人と共に、などです。
「経営指針」は「モノづくりを楽しむ精神」の発信と確認の場であり、社員を精神的共同性により連帯させる場です。平松社長は経営指針の作成を9年続け、社員が単に損得で仕事を取るのではなく、「モノづくりを楽しむ精神」に沿ってチャレンジングな仕事を取るなど、社員の主体性が増したと感じています。ヒラマツの社員は自律的で「モノづくりを楽しむ精神」で結ばれた「仲間」であり、企業は労働の喜びを分かち合う「労働共同体」をめざしているように思えます。
会社概要
設立:1951年
社員数:112人
事業内容:大型車輌用洗浄機械および車輌下部洗浄機械の開発・製造販売、各種水門・橋梁部品等製造
URL:https://hiramaz.com/
「中小企業家しんぶん」 2025年 1月 15日号より