企画「あっ!こんな会社あったんだ」では、企業経営に関わるさまざまな専門課題に取り組む企業事例を紹介しています。今回は「生産性向上」をテーマに、押野成人氏((株)志乃屋代表取締役、宮城同友会会員)の実践を紹介します。
現在、山形と宮城で美容室14店舗・ブライダル・エステティックを運営する(株)志乃屋は、1972年に押野氏の両親が創業しました。押野氏自身は漠然と承継を考えていたものの、宇宙論と物理学が好きなこともあり、大学院修了後は大手電機メーカーに就職。結婚を機に生き方を考え直し、古くは生まれる前から働いている社員の行く道を整えたい、そして地元・山形で家族生活を送りたいとの想(おも)いから2013年に29歳で同社に入社し、2016年に承継しました。入社当初、同社の課題は(1)他業界と比べて低い待遇と、(2)その原因である生産性の低さでした。自分も親族も美容師ではない押野氏だからこそ、「社員がいてこその自社。社員が幸せな人生を全うできる会社をつくりたい」と考え、毎年出店することで新しく挑戦しながら、社内変革に取り組み始めました。
生産性向上の端緒は営業方法と社員教育
客単価を上げるために、まず営業方法と社員教育を見直しました。営業のポイントは以下の3つ。(1)丁寧なカウンセリングとスタイル提案で指名を増やす、(2)キレイ維持のために次回予約をお願いしてリピーターを増やす、(3)美を楽しむためのカラーやパーマ、それらをケアするヘッドスパ・トリートメントの提供率を向上させることです。これらのロールプレーイングを繰り返し徹底することで、美容師を単なる技術提供者でなく、「美の価値」の提案者へと転換。結果として、技術単価は押野氏入社前の3700円から9400円まで上昇しました。社内に営業目標はありますが、達成方法は幹部と店長に委ねています。例えば店長が立案した企画とその成果をプレゼンする取り組みを年3回行っており、社員の主体性を育むことを大切にしています。
2021年から店舗併設の研修所を生かして新入社員のアカデミー教育を導入。入社式の翌日から3~4カ月間、技術習得に専念できる仕組みを構築しました。アカデミー中にサロンワークを複数店舗でローテーションするため、新入社員は自分が働きたい店舗を見定めて配属希望を出せます。アカデミー終了後も定期的な講習を実施し、単なる美容師デビューで終わらずトップスタイリストまで昇格できる環境を整備。施術の「量」でなくお客さまの喜びという「質」を追求する仕組みで、客単価と生産性、そして待遇と社員満足度の向上を図っています。
待遇の改善と採用の取り組み
待遇改善は採用と定着につながります。現在の社員は、自らの希望で全員が正社員(時短を含む)。女性が8割でかつ地方の職場ながら、フルタイム美容師の平均年収は441万円。年間休日は以前より33日増の120日になりました。育児休暇の取得期間も復帰も、希望を100%実現できています。子どもを持つ社員はおよそ半数で、自然とお互いにカバーし合う企業文化が定着しています。
新卒採用は以前から積極的でしたが、押野氏は社長就任後に東北地方の高校と専門学校を車で訪問し、採用活動の強化を図るも限界を実感します。その中で宮城同友会の共同求人委員会の存在を知り、入会。「高校生に対する採用活動の解禁前に先生や生徒と話す機会を得られることは、宮城同友会が築いてきた歴史あってこそ。他にそのような団体はない」と押野氏は語ります。そのおかげもあり、2024年までの4年間で44名を採用できました。
待遇改善によって働きがいとワークライフバランスが向上し、定着率もアップ。2023年までに10人の定年退職を迎えることができ、うち6名が定年後再雇用で活躍を続けています。再雇用を選ばなかった元社員も、結婚式や成人式を単発ヘルプで手伝ってくれたり、孫を連れて店舗と事務所に遊びにきてくれたりと、関係が途切れずに続いています。
最後に
「変革に伴い、お客さまとスタッフの入れ替わりは必ず起こる。それを受け入れ、覚悟を持って行動し続けることが重要。経営者の役割は行き先(ビジョン)と道のり(過程と手段)を示し続けること」と語る押野氏は、今後お客さまと社員の喜びを追求する具体的な目標を社内で掲げています。「社員が幸せな人生を全うできる会社」を体現している(株)志乃屋の挑戦はこれからも続きます。
会社概要
創業:1972年
社員数:133名
事業内容:美容室、エステ、ブライダル
URL:https://www.pazapa-jpn.com/
「中小企業家しんぶん」 2025年 3月 15日号より