BCPの発端と国際的な動向
2010年代以降のわが国は、2011年3月の東日本大震災に始まり、昨年の能登半島地震(2024年1月)、奥能登豪雨(2024年9月)、今年の大船渡林野火災(2025年3月)というように災害が頻発しています。
自然災害に加え、2020年1月からの新型コロナ感染症の世界的なパンデミック、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻は、社会経済、地域経済に大きな負の影響を与えており、今日の企業経営において、事業継続計画(BCP)が求められています。
こうしたBCPといった考え方は、1998年5月、米国・ロサンゼルスのファーストインターステート銀行ビル(62階建)での火災が契機となっています。銀行では、火災発生後直ちにバックアップセンターにディーリング機能を移し、翌日より業務を再開しました。この迅速な対応により、顧客からの信頼を獲得し、預金者数、預金量を増やすことに成功しました。この事件を契機に、企業の防災対策が人命保護や資産保全から重要な業務活動の復旧への転換となりました。また、2001年9月のアメリカ同時多発テロの発生により、アメリカ政府は、2003年、ISOに対して、セキュリティ関連の標準化を提案しました。それらを背景として、2012年には、ISO22301(社会セキュリティ事業継続マネジメントシステム)が発行されるようになりました。
他方、わが国では、2011年3月の東日本大震災、7月のタイ大洪水によりサプライチェーンの寸断で大損害となり、自動車メーカー、電気機械メーカーでは、BCPが本格導入されました。実際、トヨタでは、40万点の部品、最大10次までの部品サプライヤーを含めての「見える化」を推進し、発注先の分散化とともに災害に強い体制づくりを構築しました。そのため、2021年3月の福島県沖地震発生時、トヨタ自動車東日本は以前ならば数カ月以上かかる復旧をわずか1日で対応することができました。このように大企業がBCPを策定することは、国際的な潮流となっています。
従業員、顧客、取引先、地域社会を守る中小企業のBCP
大企業のBCPは進展していますが、中小企業は遅れているのが現状です。とはいえ、東日本大震災発生時、同友会企業は優れた危機管理、ネットワークと機転により、企業経営、地域社会、多くの人命を守りました。
例えば、福島県相双地区で地域チェーンストアを展開するフレスコ(株)では、地震発生時、菊地逸夫社長(現相談役)は、出張中でしたが、以前から策定されていた危機管理マニュアルに従って、各店長をはじめとする幹部社員が混乱することなく即時対応をしました。津波被害がなかった店舗は直ちに営業再開し、避難所に総菜や弁当を届けました。また、盛岡に出張中のバイヤーは、翌朝仙台市場で青果20トン、水産物トラック5台分の緊急確保を行うと同時に取引先の安否確認を行いました。
13日の原発事故後は、原発20キロ圏内は避難指示、20~30キロ圏内は屋内避難となったため、営業店舗を相馬店のみにして、(株)昭和観光バスの岡本吉輔社長と相談して、「お買い物バス」を運行することで、他社のチェーンストアが店舗を閉める中、地域住民12万人の食のインフラを守りました。
さらに、宮城県白石市にあるニチレイの冷凍食品工場が停電により、商品を処分することを聞きつけると即座に工場に向かい、大量の食品を譲り受け、相馬店の店頭においてフライヤーで調理し、地域住民に販売しました。
他方、フレスコと同じマークスホールディングスのグループ会社である(株)マイヤは、岩手県三陸地域に立地しているので津波を常に意識しています。そのため、年2回の防災訓練、独自の「地震対応マニュアル」、「津波対応マニュアル」を整備しています。地震発生時、大船渡市のマイヤ本店では、直ちに買い物客の避難誘導を開始し、5階建てのビルを垂直避難することで誰一人とも命を落とすことはありませんでした。また、陸前高田市の高田店では、責任者の適切な判断により全員が無事避難しました。残念ながら、隣接する市役所と市民会館では、多数の人命が失われました。経営者の米谷春夫氏は「思い込みの怖さ」、「訓練の重要性」、「責任者の迅速な判断と指示」を強調しており、「地域のインフラ」としての役割を社風として根付かせていたことが1人の犠牲者も出なかったことにつながったと語っています。
フレスコと同様にマイヤでは、営業可能な高台の店舗にて、震災当日午後4時から、店長が独自の判断で駐車場での販売を開始しました。また、商品を絶やさないようにと、バイヤーは、取引先への商品供給依頼を直ちに行い、震災直後のガソリン不足の状況下、買い物難民対応として、出張販売所の開設、移動販売車の稼働により、混乱のなか、地域における食のインフラを守りました。
その後、東日本大震災からの復興過程で、フレスコとマイヤは青森県の(株)マエダと山形県の(株)おーばんとの経営統合を行い、(株)マークスホールディングスとなりました。菊地逸夫代表取締役社長の舵取りのもと、仕入本部を仙台市に構え、バイイングパワーを発揮し、グループの各事業会社では地産地消を重視、地域顧客からの高い信頼を勝ち得ています。2024年3月には98店舗、年商1145億円にのぼる東北地方を代表する地域チェーンストアにまで成長しています。
今後のBCPの課題
2024年第14半期DORオプションにて、BCPに関するアンケート調査を行いました。事業継続上で意識しているリスクとして、複数回答で「地震」57%、「通信の途絶、情報システムの途絶」35%、「取引先の倒産」35%、「台風」30%が上位を占めています。半数以上の企業が「地震」をリスクと意識しているものの、「通信の途絶、情報システムの途絶」を意識している企業が上位にあることは、現代においては、IT化、DX化そのものがリスクとなっています。したがって、BCP対策には「データのバックアップ方法の構築」、「データの復旧方法の策定」、「システム停止時の代替案」などを考慮することが大切になります。
今日、企業経営における危機管理は、防災対策から事業継続にシフトしていますが、自然災害、人的災害に直面したとき、最も大事なことは従業員や顧客の命を守ることです。BCP策定にあたっては、まずは命を守ること、その後に事業継続を考えることが順序であることは言うまでもありません。
「中小企業家しんぶん」 2025年 4月 15日号より