3月19日に開催された中同協環境経営委員会オンラインセミナーにおいて、法政大学社会学部社会政策科学科教授の高橋洋氏が、「再生可能エネルギーと電カシステム改革~電力を賢く選ぶために」と題して講演を行いました。その要旨を紹介します。
脱炭素と再生可能エネルギー
近年、「カーボンニュートラル」や「脱炭素」という言葉が一般的になりました。カーボンニュートラルとは、排出した二酸化炭素を森林などの吸収源によって相殺し、実質的にゼロにすることを指します。現在、日本の森林吸収量は総排出量の約5%に過ぎず、2050年までに化石燃料の使用を極力抑えることが求められています。
欧州が先んじて脱炭素化に取り組んできましたが、日本は2020年に菅首相(当時)が所信表明で脱炭素を宣言し、アメリカもバイデン政権発足後に気候変動対策に前向きな姿勢を示しました。国際的には、産業革命前と比較して気温上昇を1.5℃以内に抑えることが合意され、特に先進国については、2050年までに化石燃料をほぼゼロにする方針が確立されました。
現在、世界のエネルギー供給の約80%は化石燃料に依存しており、これをゼロにするために以下の4つのアプローチが考えられています。(1)再生可能エネルギー(以下、再エネ)の拡大、(2)原子力発電の活用、(3)CCS(1)技術の導入(CO2を回収して地中に貯留し、排出を抑制する技術)、(4)水素・アンモニアなどの新しい脱炭素燃料の活用です。この中で、最も重要なのは再エネの拡大です。
今後、省エネ対策を強力に進めてエネルギー消費全体を減らす一方で、電力については需要が増えると見込まれています。現在、世界のエネルギー消費のうち電力が占める割合は約25%ですが、2050年には50%程度に増加すると予測されています。これが「電化」で、電気自動車の普及はその象徴です。
その電力の多くは、再エネで賄うことが求められています。日本では電力の約25%が再エネ由来ですが、欧州では、ドイツを含めて50%以上の国もあります。風力・太陽光発電の導入は、中国、アメリカ、ドイツ、インドなどで進んでおり、日本の導入量は太陽光発電で世界4位ではありますが、風力発電は極めて低い水準にとどまっています。
再エネ導入の主要因は発電コストの低下にあります。かつては再エネの設備費が高かったのですが、近年は大幅に低下しており、風力・太陽光発電は、火力発電よりも低コストになりつつあります。国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、2050年の世界の電源構成は約88%を再エネが占め、原子力が8%、水素火力とCCS火力がそれぞれ2%となるとされています。
- Carbon dioxide Capture and Storage ↩︎

電力システム改革と出力変動対策
再エネの比率が増えることで、電力供給の仕組みも変革を求められています。従来の電力システムは、大規模な発電所(石炭火力や原子力など)で発電し、大都市に送電する「集中型」でした。しかし、再エネは発電設備が分散するため、今後は「分散型」システムへの移行が不可欠となります。
また、これまで電力事業は大企業が支配的でしたが、再エネの普及に伴い、地域の小規模事業者の参入や電力の相互貿易の活発化が進むと予想されます。これにより、消費者も電力を選択する自由が増し、自宅の太陽光発電システムなどを活用した「能動的な消費者」としての役割を果たすようになります。これらをつなぐためには競争市場が必要になります。
欧州では、電力市場の自由化の一環として「発送電分離」を実施し、送電事業を独立させることで公正な競争環境を整えてきました。一方で、日本はいまだに大手電力会社が送電網を実質的に差配しており、再エネ発電事業者が系統接続の制約を受けるなど、既存の集中型電力システムが再エネの拡大を阻む要因となっています。
再エネは天候に左右されるため「不安定ではないか?」という懸念の声もありますが、欧州では再エネ比率が50%を超える国もありながら、停電はむしろ減少しています。その理由は、出力変動対策の「柔軟性」にあります。これまでの電力システムでは、需要変動に合わせて供給を調整していましたが、今後は再エネの変動性を補うための「柔軟性」を確保する多様な技術や制度の導入が必要です。余剰電力の広域送電の強化、蓄電設備の向上、AIやIoTを活用したデマンドレスポンスの促進がカギとなります。
日本の電力システム改革の課題
日本の電力システム改革が本格化したのは東日本大震災後の2012年。経済産業省資源エネルギー庁は「電力システム改革専門委員会」を設置し、報告書をまとめました。この報告書では、原子力発電への依存度低減を前提とし、市場メカニズムを活用した需給調整や、再エネ・分散型電源の導入、消費者の選択肢拡大の必要性が指摘されました。これに基づき、日本では2016年に電力小売の全面自由化(新電力の参入拡大)、2020年に送配電事業の法的分離が行われました。しかし、現実には多くの課題が残っています。
電力システム改革の一環として、大手電力会社の送配電部門は小売部門と分離されましたが、新電力の顧客情報が大手電力の小売部門に不正閲覧される事件が発覚。また、大手電力会社間の競争を避けるカルテルも発覚し、公正取引委員会は独占禁止法違反として、総額1010億円の課徴金を課しました。
経済産業省の「電力・ガス取引監視等委員会」は、こうした不祥事を事前に把握することができませんでした。また、電力システム改革自体がほぼ罰則のない電気事業法のもとで進められたため、実効性が低いとの指摘があります。
2024年の「第7次エネルギー基本計画」では、日本のエネルギー政策が大きく変わりました。主な特徴は、(1)原子力の「最大限活用」を明記、(2)再エネの「最優先」という文言を削除し、火力・原子力との均衡を重視、(3)将来の電力需要増加を見越した計画の策定、の3点です。
「第6次エネルギー基本計画」では、2050年の電源構成として再エネ50~60%、原子力・CCS火力30~40%、水素・アンモニア10%を見込んでいます。前述のIEAの再エネ88%と比べ、日本は原子力やCCS火力への期待が大きいことが特徴です。

消費者・企業から見た再エネ電力
再エネには、主に(1)環境価値、(2)安定供給と事業継続性(BCP)、(3)経済的メリットの3つの価値があります。企業は、非化石証書などの形を含めて排出係数の低い電力を使用することで、環境目標の達成が可能となります。また、太陽光発電と蓄電池を組み合わせることで、自然災害による停電リスクを軽減するとともに、エネルギーの自給率を高められます。さらに、近年の太陽光発電コストの低下により、企業がPPA(電力購入契約)を活用することで、政府の補助金制度も活用しつつ、長期的な固定価格で電力を確保できるようになりました。
日本では、欧州のような発送電分離を徹底し、電力システム改革を進めることが求められています。再エネの導入を加速させるためには、消費者や企業が積極的に再エネを選択することが重要です。企業の役割として、再エネメニューや非化石証書、PPAを通じて再エネ電力を求めることが、持続可能な電力システムの構築につながります。
「中小企業家しんぶん」 2025年 5月 5日号より