企画「あっ!こんな会社あったんだ」では、企業経営に関わるさまざまな専門課題に取り組む企業事例を紹介しています。今回は「地域連携」をテーマに、貞松徹氏(社会福祉法人ながよ光彩会理事長、長崎同友会会員)の実践を紹介します。
JICAのPMを経て、地元・長崎へ
現在、社会福祉法人ながよ光彩会の代表を務める貞松氏は、理学療法士として沖縄で13年間勤務したのち、JICAの要請を受けて南太平洋に位置するフィジーへ渡り、プロジェクトマネージャーとして現地の医療人材育成に携わりました。その中で、事業計画を立てる手法である「PDM(プロジェクト・デザイン・マトリックス)」を学び、この思考法は現在の福祉事業の運営にも生かされています。
フィジーの案件をきっかけに、コロンビア、中国、ロシアとの医療福祉事業にも関わりを持ちましたが、国の資金に依存し、なかなか動かないプロジェクトチームに悩まされる現場を経験。「未来につながる仕事がしたい」という強い思いから、2013年に地元・長崎へ戻ります。そこで、病院での看取りを前提とする従来の福祉の現場を変えたいという熱意を持つ社長と出会い、その思いに共鳴。老人ホーム建設の事業計画を立案し、2015年、法人を設立しました。
「人のためにできること」を理念に掲げるながよ光彩会の運営にあたって、貞松氏は「隣を知ること」を自身のテーマに据えています。福祉の現場には多様な価値観を持つスタッフが働いているからこそ、互いの背景を尊重し合いながら事業を進める姿勢を大切にしています。
地域と福祉をつなぐ拠点づくり
高齢者施設を“ジブンゴト”として捉えにくい世代に福祉を身近に感じてもらいたいと考えた貞松氏は、2018年、地域交流センターで「ひととまちとくらしの学校」と題したプロジェクトを開始。2020年には、アクセスのよさを考慮して、近隣に小学校や町役場があるグループホームながよの1階に、「みんなのまなびば み館」を開設しました。
「み館」のコンセプトは「まちのリビング」。多世代の多様な人々と交流する中で、目の前で困っている人がいたら行動できるようになってほしいという思いが込められています。「み館」で行われる“きょうしつ”では、職員や入居者、地域住民や子どもたちが「先生」にも「生徒」にもなります。「最初は尻込みしていた大人も、身近な人に頼られることで自然と自分の得意を開示するようになる。子どもたちも大人に相談される経験を通して自己肯定感が高まっている」と貞松氏は語ります。
また、コロナ禍には、町主催で行っていたウォーキングイベントの企画・運営の依頼を受け、「み館」を拠点として開催。幅広い年代の参加をめざし、過去最高の参加者数を記録しました。
2023年には、JR九州・長与町と協働し、正午以降駅員不在の無人駅となるJR長与駅構内のコミュニティスペースに、カフェ&ショップ「GOOOOOOOD STATION」を開設。「み館」でコーヒー焙煎教室の先生を務める職員がカフェを担当し、就労支援の一環としてコーヒー豆の焙煎やドリップパックを制作。ショップで販売するアップサイクル製品の製造も行っています。
同法人には、「自分のやりたいことを実現できる」という職員の口コミが広がり、人材確保にも大きな困難はないと言います。「地域貢献を優先するのではなく、まずは職員とその関係者を大切にしようと考えている。職員とその家族、そして、入居者が望むものを叶えて、それを地域にも“おすそわけ”するイメージ」と貞松氏は強調します。
これらの取り組みは、第15回地域再生大賞の準大賞や第18回国土交通省バリアフリー化推進功労者大臣表彰などさまざまな賞を受賞。行政からの相談や視察が相次ぐなど、全国から注目を集めています。
「コウモリの目」を大切に
貞松氏は若いころ、バックパッカーとしてインドを訪れ、極端な貧困や理不尽に触れた経験があります。自分が「正しい」と思っている視点はあくまで1つに過ぎず、視野を広げることで初めて見えてくるものがある。貞松氏は「虫の目・鳥の目・魚の目」に加え、「コウモリの目」のように視点を切り替える柔軟性が必要だと考えています。
「長与町にも見えづらい困窮が存在し、自身の本業の枠を越えて社会課題に向き合いたい。公共の空間や仕組みには、まだ生かしきれていない可能性がある。誰かの幸せのために周囲の幸せも大切にしながら、次の世代と社会をつなぐ役割を果たしていきたい」と語る貞松氏は、視野を広げる力と、身近な人へのまなざしを大切に、これからも福祉と地域の新たな関係性を築き続けます。
会社概要
設立:2015年
従業員数:68名
事業内容:福祉・介護事業、障がい事業・就労支援事業
URL:https://nagayo-kousaikai.jp/
「中小企業家しんぶん」 2025年 5月 15日号より