【労使見解とわたし~発表50周年に寄せて】1

ながの法律事務所弁護士・学校法人曽沢学園 理事長(長野)金井 崇晃

 長野県中小企業家同友会に所属している、ながの法律事務所弁護士・学校法人曽沢学園理事長の金井崇晃と申します。同友会のことは幼いころ(中学生?)より父から聞かされていて、入会のきっかけも父の勧めでした。

 父は「労使見解」の冊子を私に渡すとき、「労使見解は100回読みなさい」と言ってくれました。職員との関係に悩む中で「労使見解」を読むと、ある言葉に目がとまりました。「労使のコミュニケーションをよくすることは経営者の責任」、「あらゆる機会をとらえて、労使の意思の疎通をはかり…労働者の意見や、感情をできるだけ正しくうけとめる常日頃の努力が必要」。ハッとさせられました。私がやるべきことをやっていなかったのではないか。その後、全職員との定期面談・非定期面談、無記名アンケート、外部機関に依頼したストレスチェックや働きがい調査、交換日記のように行う業務日誌、読書会で用いる感想文へのコメントなどを始めました。定着するまで紆余(うよ)曲折ありましたが、多種多様な職員がいることを念頭におき、あらゆる手段で職員の想(おも)いを聞こうとする姿勢を続けています。続けることができたきっかけは、経営指針書の作成と経営方針発表会を継続して開催してきたことにあったように思います。

 入会当初より、父から「労使見解を本当に理解するためには赤石義博さんの著書を読むのがよい」と教えてもらい、折に触れて赤石氏の著作に触れてきました。赤石氏の「同友会で学ぶのは生きざまである」との言葉に深い感銘を受け、振り返れば、これまで参加してきた例会で、経営者の生きざまから多くのことを学び、自社の実践に生かさせていただいてきたことに感謝してもしきれません。

 父からは、「労使見解には骨と筋しか書いていない。自分で肉付けしていく必要がある」とも教えてもらいました。経営実践報告から生きざまを学びとり、同友会理念、「労使見解」の精神に照らし合わせた上で、自社の実践に生かすことだと私なりに理解しています。これからも、父から学んだ「労使見解」の教え、法人の理念を軸として、働く職員の幸せのため、法人や地域の発展のために、尽力してまいります。

杉村精工(株) 取締役会長(静岡)中同協中小企業憲章・条例推進本部顧問 杉村 征郎

 高度経済成長期の曲がり角、大学に行かせてもらい上場企業に入社した私は、長兄の出奔(しゅっぽん)に困った父の町工場へ呼び戻されました。工作機械の精密部品を作る下請け会社。私は約10年職人たちに振りまわされながら仕事を覚えていく。ドルとオイルショックで仕事が激減。親会社のリストラを知り、父は希望退職を募ると突然赤旗が立ち、オルグが前面に団交。「とても食っちゃいけない」「会社だもんで金はあるはずだ」。労組は2年で消滅しましたが、父はやる気を失い「あとは、お前がやれ」と現場で旋盤加工に気を紛らわしていきます。

 70年代、都市型の同友会では過激な労資紛争、双方未熟な労使関係の矛盾に悩み「中小企業における労使の見解」の論議が続いていました。1972年、静岡県でも同友会設立準備が始まると、30歳の私は作業服のまま駆け付けました。

 70年代から21世紀の入口までの日本経済の構造的激変のなか円急騰、バブル経済崩壊、製造業の海外移転など底の見えない危機の連続。私は50名前後の社員を維持しつつ、技能・技術を磨き高め機械づくり、人づくりに全力。この30年は静岡同友会の増強と重なるのですが、中同協が2004年に中小企業憲章・条例運動を提起するまでは、理念や歴史を学ぶ雰囲気はありませんでした。

 「自主・民主・連帯」の精神の深い意味や「3つの目的」、人を生かす経営の根底に「労使見解」があることや「21世紀型企業づくり」が明記するめざすべき企業像についても気づきませんでした。経営者の責任だけは自分流に納得していたものの、これでは経営指針成文化運動も本物になり得ません。

 ましてや「見解」の6・7・8の部分、矛盾の解決、新次元の相互信頼、労使で解決することができない本質、政治的重大な問題に積極的に運動する責任などの課題は残ります。

 同友会の真の魅力は、その歴史と理念の深い意味を学び経営に生かすことで「よい経営者」としての生きざまを教えてくれることではないでしょうか。

「中小企業家しんぶん」 2025年 7月 5日号より