6月12日に開催された中小企業魅力発信月間キックオフ行事「憲章・条例活用推進シンポジウム」基調講演では、特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長(嘉悦大学元教授)の黒瀬直宏氏が「中小企業の役割と未来社会」をテーマに講演しました。その要旨を紹介します。
未来社会の芽を育む中小企業の人間尊重経営
現代社会は、富の格差拡大、気候危機の深刻化、民主主義の機能不全、国家間の対立や戦争の長期化など、さまざまな課題に直面しています。こうした困難な現実は、多くの人に不安と閉塞感をもたらしていますが、私たちはそれらに絶望するのではなく、一方で芽生えつつある「未来社会」の可能性に目を向けることが大切です。とりわけ、同友会が実践している「人間尊重経営」は、地域社会における連帯の核となるような、労働が喜びとなる企業をめざすものであると私は考えています。
中小企業の経営者の多くは、効率や利益だけを追い求めるのではなく、顧客や従業員1人1人の人間性を大切にする経営を志向しています。その根底には、「人が人として尊重される社会を築きたい」という思いがあります。こうした経営姿勢は、資本主義の限界が露呈している現代において、ポスト資本主義の方向性を示唆する重要な試みであるといえます。
顧客との精神的共同性の構築
中小企業は顧客との精神的共同性の形成を通じ、地域における未来社会の芽を創っています。たとえば、香川県の(株)スカイファームの経営者は、親が兼業農家だったことの影響もあり、子どものころから大好きだったイチゴの栽培を始めました。1998年から5年間試行錯誤し納得できるイチゴが育つようになりましたが、農協の集荷場に「ドサッ」と積んで出荷するだけの営みには満足できませんでした。自分の命をかけたようなイチゴは単なる収量として価格に還元されるのみ。農協出荷では顧客の顔も反応も見えず、イチゴづくりは貨幣のための単なる労働と化してしまっていたのです。
そこで農協出荷を減らし、朝採りイチゴを産直販売所、地元の百貨店、ケーキ屋やレストランのシェフへ直販し、客との「顔の見える関係」を築きました。この過程で、消費者と生産者は単なる取引相手から「良き製品を得た喜びと労働の喜びを得る」という「喜びを分かち合う」存在へと変わりました。取引が喜びの交換に変わり、労働は自己実現の場となったのです。
同じ香川県の徳武産業(株)では、地元の老人ホームを経営する友人の要望を受け、高齢者用のケアシューズを開発。左右サイズ違いや片足だけの靴、幅広い開口部の靴など、2年間で500人の高齢者に会い、ニーズを徹底的に酌み取りました。「商売にならない」との反対意見に対しては高齢者に役立つ使命感を基に説得し、またビジネス特許もあえて取得せず、他社の参入を歓迎しました。
さらに、製品には社員手書きの「真心はがき」を添付し、社員宛に1000通もの礼状が届くなど、顧客との精神的交流が深まりました。
労働の人間化と水平的な地域共同体
資本主義において、労働は私的に行われ、その成果物が貨幣と交換されることにより初めて社会的総労働の一部となります。そのため、生産者は労働の目的を貨幣獲得に置き、人への役立ちは手段となってしまいます。取引相手は単に貨幣を得るために存在しているだけで、そのような関係の中では人は孤立し、相互警戒が生まれ、共同体は崩壊していきます。
しかし、スカイファームや徳武産業のように、取引が喜びを分かち合う精神的共同性に包まれることにより、労働は他者への貢献という本来の意味を取り戻します。他人の役に立ち、喜んでもらえるという実感は、経済的報酬とは別の精神的報酬となり、働く人のモチベーションを大いに高めます。このように、労働が他者との関係の中で人間らしさを回復する「労働の人間化」も進むのです。
もちろん、全ての企業や消費者がこのような精神的共同性を求めているわけではありません。価格重視の消費者も多く、企業の中でも一部の従業員はこうした取り組みを煩雑だと感じることもあります。しかし、それでも「地域課題を企業課題に」と捉え、実直に取り組む中小企業の姿勢は、社会を変革する大きな力を秘めているのです。
組織の人間化と構想・実行の再統一
中小企業の人間尊重経営のもう1つの柱は、企業内の労働組織のあり方に見られます。大企業では、経営と現場が分断される傾向が強く、従業員はトップの決定に従うだけの存在になりがちです。しかし、いくつかの中小企業では、労働者が企業の目的や計画の策定に主体的に関与できる仕組みを導入しています。
たとえば、千葉県の(株)ヒロハマでは、経営理念や上位の計画に基づき各個人が週ごとの業務計画を策定しています。社員は自分の業務が企業全体の目標とどう結びついているのかを理解した上で、自らも目標を立てて日々の仕事に取り組んでいます。これにより、単なる指示待ちではない、自律的な働き方が可能になります。
また、東京都の(株)サヤカでは、年に2回、泊まり込みの全体会議を実施し、経営方針を社員全員で議論します。沖縄県の(株)スタプランニングでは、経営情報を全ての社員に公開し、社員が経営判断に参画する体制を整えています。これらの取り組みによって、社員は「使われる労働力」ではなく、「共に会社を創る仲間」として認識されるようになります。
人の労働には、目標設定や計画策定といった「構想」が必要です。封建制下の農民は領主の支配下にある不自由な身分でしたが、生産手段を所有し、自らの計画で労働していました。しかし、資本主義では労働力は「商品化」され、「構想」は労働力商品を買った企業のものになるので、労働者の労働は「構想」のない「実行」だけのものとなります。その結果、労働者にとって労働は、強制的な性格を持つようになります。それに対し、一般社員も含めた経営計画への参画は、労働者が労働における「構想」を取り戻すことを意味します。これにより、労働は精神的報酬を伴う活動へと変わり、労働者は「仲間」として企業に関与するようになります。企業は経営者だけのものではなく、共同で構築する労働共同体へと変容するのです。
中小企業が担う未来社会の担い手としての役割
中小企業は地域での精神的共同性、企業内での労働者の経営参画を通して、ポスト資本主義社会の芽を育んでいます。これは、大企業が達成し得ない、草の根的で人間性に根ざした新たな社会の基盤を創る営みです。
働く人々や地域住民を仲間とし、共に役立ち合うことで成り立つこの水平的な共同体の拡大こそ、未来社会を実現するカギとなるはずです。今、中小企業が果たすべき役割は、人間尊重経営を実践し、連帯と労働の喜びのあるポスト資本主義社会の準備です。
「中小企業家しんぶん」 2025年 8月 5日号より









