「中小企業における労使関係の見解(労使見解)」の発表50年を記念し、「労使見解とわたし~発表50周年に寄せて」をテーマに全国から多くの原稿が寄せられました。お送りいただいた原稿を連載で紹介します。
(株)道南工業 常務取締役 小川 聡(北海道)
「中小企業における労使関係の見解(労使見解)」は、50年前に掲げられた先人の理想の道しるべです。よくも悪くも過去の産物であるため、そのまま現代に適用するのは難しい面があります。私が初めて学んだ20年前ですら、読み解くにあたり時代差に悩みました。しかし、過去の理想だからこそ、変化のベクトルを読み解き、普遍的な価値を現代の経営者や労働者に示す存在として意義を持ちます。
「労使見解」発表から50年、経済環境、労働市場、技術革新、法制度、社会意識が大きく変わりました。家族的な人間関係は希薄になり、終身雇用を前提とした労使の一体感は薄れ、経営者の責任も多様なステークホルダーの中で複雑化しました。それでも、「労使見解」が掲げる「対等な信頼関係」「労働者の能力開発と働きがい」「地域社会との共生」は、現代において一層向き合うべきテーマとして輝きを増しています。
50年の節目を迎え、「労使見解」の学び方が前向きに変われば変わるほどに、新たな視点が得られます。一時の流行書から古典へと変わり、先人が見いだせなかった知見をもたらす良書となるでしょう。今後、ますます多くの経営者や経営幹部が「労使見解」に向き合い、現代の課題に対する答えを導き出すことを期待します。
公益財団法人操風会 岡山旭東病院 財団専務理事 総院長 土井 章弘(岡山)
私は1939年11月12日生まれで、85歳になります。
49歳で中小企業家同友会に入会し、「労使見解」との出合いが人生行路を変えたと感謝しています。
1965年に鳥取大学医学部を卒業し、当時、アメリカの脳神経外科研修医を描いたテレビドラマ『ベン・ケーシー』に影響を受け、脳神経外科医をめざすことを決意しました。その後、全国で5番目の脳神経外科講座が開設されるという情報を得て、岡山大学に入局しました。さらに、アメリカで臨床するために必要な資格ECFMG試験に合格し、アメリカの病院でレジデントの経験も積みました。
帰国後の1975年から12年間、香川県立中央病院に勤務し、脳神経外科部長として多くの症例に恵まれ、充実した日々を送りました。勤務医時代に香川同友会の教育講演会に参加させていただいたご縁が今につながっています。整形外科医である弟の基之から、1983年に岡山市の国道2号線沿いで開業した「旭東整形外科病院」に帰ってこないかとの誘いを受け、1988年から兄弟で「脳・神経・運動器の総合的専門病院」をめざすことになりました。
しかし、病院経営は未知の世界でとても不安でした。そこで、岡山同友会(1985年設立)に香川同友会事務局から紹介を受けて入会しました。理念経営、「労使見解」、共育、経営指針書の作成などの実践が私の心を捉え、全国の多くの経営者との交流も大きな学びとなりました。
21年間代表理事を務めましたが、現在岡山同友会の組織率は2%前後にとどまっていることは私にも責任の一端があると感じています。同友会大学には毎年、大田堯先生(都留文科大学元学長)にお越しいただき、「生命(いのち)の特徴は『ちがう』『変わる』『かかわる』ことであり、人と人との愛の絆こそが、真のライフラインであり、未来を照らす『かすかな光り』である」と将来を託されました。
「労使見解」から学んだことは、第1に経営者の経営姿勢の確立、第2に経営指針の成文化、第3に社員をもっとも信頼できるパートナーと考え共育的人間関係を打ち立てることです。労使の団結がいかに大切かを学ばせていただきました。
現在、当法人は年商91億円、常勤職員805名、非常勤職員59名、総勢894名となり、「労使見解」は色あせることなく私たちの未来を照らしてくれています。現在も、同友会シニア会を開催して旧交を温める日々を楽しんでいます。
*参考文献:岡山旭東病院の経営指針実践事例集 経営書院(2005年発行)
(株)アイビ建築 代表取締役 佐名田 一郎(京都)
同友会入会以前、工務店の2代目社長の私は、営業マンとしては自信満々でしたが、経営は母に依存していました。とはいえ当時すでに母も70代後半。自分が経営の任を負うべき時は迫っている。そんな都合の悪い未来に目をつぶり、やりがいに満ちた営業に没頭したほうがラクだし楽しい。そんな思いで過ごす毎日でした。
そんな中、小さくない赤字を出しました。初めて自ら銀行に出向き、融資をお願いしました。副支店長に「社長、珍しいやんか」と言われながら、必要書類の説明を受けました。そして翌年。2度目の赤字を出しました。
「退社時間を深夜に延ばしても赤字は埋められないだろう」「とすれば、今のやり方は間違っているのではないだろうか」。ピンチはチャンスと言われますが、まさにその瞬間を迎えたのでした。
2017年に京都同友会入会、そして実践塾第1期生となりました。そこで、書籍『人を生かす経営』の中でターニングポイントとなる文言に出合いました。
「社員はもっとも信頼できるパートナーである」。
意味がわかりませんでした。私には社員の存在そのものが目に入っていなかったのです。
そこからゆっくりと時間をかけて「社員のやりがい」や「社員とともによい会社をつくること」に想(おも)いをはせるようになったのです。
それから8年。福利厚生や待遇面はずいぶん改善してきました。そして「チーム活動」を始めました。業務改善チームや5S活動チーム、社内勉強会チーム、職人育成チームなど、それぞれにリーダーがいて、自主的な活動を行っています。
売上高も過去最高となり、「人を生かす経営」の実践で「『ここで人生を過ごせる喜び』を感じられる会社(経営理念より)」に近づいていることを実感しています。
トータル・ソフトウェア(株) 代表取締役会長 鹿児島同友会監事 今給黎 正己(鹿児島)
41歳で社長に就任し、苦労して育てた製品がたまたま成功、業績も徐々に上向きました。しかし次第に「社長」という立場の責任と特権を使い分け、飲み会中心の交際が増え、経費も膨らむ中、社員には「給料分だけ働いてくれればいい」といった目線で経営していた時期がありました。
そんな私が変わるきっかけは、2000年、45歳のときに鹿児島同友会へ入会し、翌年始まった「経営指針セミナー」への参加でした。そこで出会ったのが赤石義博・中同協元会長です。
赤石会長は、「自主・民主・連帯」の展開図をもとに、経営者の覚悟や社員1人1人の人生について語りかけてくれました。
「責任は負っても、特権を振るっていませんか?」「社員がどんな生活をしているか、考えたことはありますか?」「あなたがごちそうを食べているとき、社員は何を食べているか?」。
時に涙を浮かべて語られる言葉は、私の胸を打ち、まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃でした。「同友会はここまで掘り下げるのか」と驚き、同友会以外のすべての会を退会。「経営者に特権はない、社員を1人の人間・生活者として見よう」と心を改めました。
これが「労使見解」の一面だと気づき、この冊子を何度も読み返し、課題がありそうな方にはプレゼント。スナックのママさんにも渡しました。
かつて、愛媛同友会の大野さん(当時の中同協経営労働委員長)と、「労使見解は感じ方や生かし方が人それぞれ。だからこそ副読本のようなものがあれば」と話したこともあります。実現はしませんでしたが、印象深い会話です。
今年、私は古希を迎えました。同友会で出会えた方々、そして活動そのものに、心から感謝しています。
「中小企業家しんぶん」 2025年 10月 5日号より









