最低賃金、物価高、関税リスクの中小企業経営

 2025年度、日本の最低賃金は全国加重平均で1121円となり、全47都道府県で初めて1000円を超える歴史的な転換を迎えました。これは、長らく「時給1000円」は労働条件改善の象徴的な目標とされてきたことを考えると、一定の前進と評価する人も多いでしょう。しかし、この賃金引き上げが実質的な生活改善につながっていないところは問題です。この10月には、飲食料品の3000品目超が値上げされ、ふるさと納税のポイント付与も廃止されました。

 急激な物価高と地域間格差、そして国際比較における日本の立ち位置の弱さが背景にあります。まず、物価動向を見てみると、消費者物価指数(CPI)は、2025年8月時点で2020年を100とすると約112となり、前年同月比で2・7%の上昇を示しています。特に食料品やエネルギー価格の高騰が家計を直撃し、賃上げ効果を帳消しにしているのが実態です。

 日銀の企業物価指数は同期間で約128に達し、企業の仕入コストは3割も増加しています。両方の指数を比較すると企業物価指数が16ポイント高く、物価高は企業側が吸収しており、価格転嫁が十分に進んでいないことが分かります。

 次に、地域間格差の問題もあります。東京都の最低賃金は1200円を超える一方、九州や東北の一部では1000円台前半にとどまり、月収換算で数万円規模の差となるため若者の都市部流出を加速させている側面は否めません。

 OECDによれば、フランスやドイツの最低賃金は時給換算で1700円前後、イギリスは1800円を超えています。アメリカの主要都市では1600円台が一般的。購買力平価を考慮しても、日本は主要国の中で下位に位置していることをどう考えるかは検討課題です。

 さらに、今後のトランプ政権による関税政策が日本経済に新たなリスクをもたらす可能性があります。2025年9月、ドナルド・トランプ大統領は木材や家具に対する新たな関税を発表しました。特に、キッチンやバスルーム、家具などには最大50%の関税が課される予定(日本は事実上15%が上限か)であり、これらの製品を輸出する日本企業にとっては大きな打撃となる可能性があります。特に中小企業にとっては、価格転嫁が難しく、利益率の圧迫や雇用調整の可能性が高まる懸念も出てきています。

 最低賃金の引き上げは、働き手の視点では「名目賃金は上がっても、実質的な購買力は上がらない状況」であり、企業側の視点では、「賃上げをしたくても利益が確保できない」矛盾に直面しています。特に地方の中小企業やサービス業では、価格転嫁が難しく、最低賃金の引き上げが雇用調整や非正規化につながる懸念も高まるのではないかと思います。

 このような状況において政府は、賃上げも物価高の価格転嫁対策も、企業の自助努力のみに依存しており、かなり問題があります。企業には賃上げできる環境の整備を、生活者には安心して消費できるような手取りアップの政策を速やかに実施する必要があります。同友会の要望・提言では、収入の壁の問題や減税・社会保険料の減免を求めています。

(I)

「中小企業家しんぶん」 2025年 10月 15日号より