変革を成せ 激変の外部環境を受け止め、経営指針の実践で作る強靭な企業 
特集:2025第9回経営労働問題全国交流会

8月28~29日、第9回経営労働問題全国交流会が茨城で開催され、43同友会・中同協から290名が参加しました。問題提起と2つの実践報告を紹介します。

問題提起
「人を生かす経営」で未来を拓く今こそ原点回帰を
中同協経営労働委員長/大阪同友会代表理事 山田 茂氏

『労使見解』が発表されて50年。私たちは今、何をすべきか、改めて問い直したいと思います。『労使見解』は60年以上前から激しい議論を重ねて編さんされました。当時「総労働対総資本」の対立が激化し、経営者の中には命を絶つ人もいたほどです。そんな時代に、先輩経営者たちは一切の愚痴を飲み込み、経営責任と労使関係に対する考え方を明確にしました。経営者の矜持(きょうじ)にかけて、経営者自身の姿勢を正し、理解と同意を求める立場を貫いて作り上げたのが『労使見解』です。これにより、私たち同友会では「対立から対話」へと時代を変える大きな転換点となりました。その核心は冒頭に記された3つの精神に集約されています。

  • 経営の維持発展に全力を尽くす情熱を傾けるという姿勢がまず大切
  • 英知を結集して経営全般について明確な指針を作ることがなによりも大切
  • 社員の生活保障と自発性を発揮させる状況を確立することが決定的に大切

これらはまさに経営者の覚悟、責任、そして誇りを問うものです。私たちが中小企業家としての存在意義を自覚し、誇りを持つこと。これこそが半世紀を経た今、改めて求められています。

しかしこの30年、不景気やデフレを理由に定期昇給やベースアップを労使が互いに諦め、労使間の緊張感は薄れました。現在労働問題が大きな争点になっている企業や同友会はなくなりました。私たちはこの状況に甘えていたのかもしれません。

ところが、時代は1周回ってきました。今年10月からの最低賃金は全国平均で時給1118円、63円の大幅アップです(8月27日現在)。この5年間で216円、23・9%の上昇。1500円という数字は目前に迫っています。私たちはこの現実を直視できているでしょうか。

私の経験をお話しします。リーマンショック発生後、過去最高の売り上げを上げた直後に仕事が激減し、大赤字に転落。さらに東日本大震災も追い打ちをかけ、多額の借入金を抱えました。銀行からは「いつまで下振れの計画を出すのか。実抜計画(実現可能な抜本的再生計画)を出せ」と迫られました。それでも、新卒採用だけは絶対にやめないと銀行とけんかしました。なぜなら、それが私たちのビジョン達成に不可欠だと信じていたからです。

この経験で痛感したのは、道徳的な言葉でごまかしてはいけないということ。「人を生かす経営」「人間尊重」という聞こえがいい言葉を発して学んだつもりになっていたことに深く反省しました。

そんな中、会社を助けてくれたのはやっぱり経営指針です。25年前から毎年、全社員で策定し、銀行にも共有し続けてきた努力が信頼につながり、厳しい状況でも支えてくれました。

経営の継続には、科学性・社会性・人間性のバランスが不可欠です。特に数字で説明する科学性と、目標を絶対に達成させるという覚悟が、コロナ禍以降の企業間格差を広げていると痛感しています。

今年の中同協議案書では「経営指針の確立」がより強調されました。これまでの「経営姿勢の確立」から「指針の成文化と実践、そして確立」へと踏み込んだ表現です。「確立」とは、単に成文化だけでなく、社員と実践し、継続的に改善し、外部からも評価されている状態のこと。まさに「企業変革支援プログラム」成熟度4の状態です。

最低賃金1500円という現実が迫る中、私たちは経営指針を全社員と共有し、具体的行動に落とし込み、PDCAサイクルを回し続け、力強くスパイラルアップしていくことが不可欠です。これからの時代を生き抜くために、経営指針の確立は欠かせません。

『労使見解』の学びは、ただ読むだけでは意味がありません。自社の事例を当てはめ、「あの時、社員が辞めたのはこういうことだったのか」とふに落ちる気づきと学びこそが価値を生みます。ぜひ各同友会で、自社事例を紹介する勉強会を開いてください。

そして実践によって変わった自社の姿を、まだ同友会に入っていない方々に「見に来てください」と力強く声をかけましょう。増強の先頭に立つのは、経営労働委員会で学び合う私たちです。

事例報告(茨城)
変革への一歩 伝統を見つめ直し、未来を切り拓く実践
(有)歌舞伎あられ池田屋 代表取締役 池田 裕児氏

当社は米菓の製造販売を行っています。私が入社した当時は従業員10名で、下請けやOEMといった薄利の仕事ばかりを請け負っていました。しかも当時は年商が7000万円に対し、1億円という多額の借金もあり、事業を受け継いだ時には絶望もしましたが、妻から「一緒に返していこう」という一言を掛けられ、絶対に完済してやるという覚悟を持ちました。

その日以来、取引先との値上げ交渉や生産工程の見直しを行い、3年後には1800万円ほどの返済を完了。同時期に代表取締役に就任し、直売店を開店しました。初のイベント「創業祭」も開催し、手探り状態での準備でしたが、多くのお客さまにご来店いただき、笑顔でお買い物されている姿を直接見られたことは、それまで卸販売100%だった当社にとって、感動的でもありました。

そして経営指針も策定。地元・取手市に旗艦店を開店するという計画を作り、製造現場を離れ、準備に集中、2020年2月に開店しました。まさにコロナ禍の直前です。不安の中での開店でしたが、多くの方に新店舗にご来店いただき、売り上げは6年間で、私が会社を受け継いだ時の約3倍となりました。

しかしそんな中、あるパートさんの「社長が現場からいなくなってから、商品はまずいし、こわれが多い。このままでは池田屋はつぶれちゃう」という言葉にハッとしました。その頃、私は歩いてたった3分の工場に顔を出さなくなっていました。すぐにみんなと話し合うと、1人の社員がぼそっと「効率を上げたかったので」と言いました。この言葉にまたハッとしました。確かに私は常日頃から、効率よく仕事をしようと社員に話していました。社員は私の言葉に従って、効率を上げる努力をしていただけでした。トップの発言は従業員の行動を大きく左右するということを学び、改めて全員で伝統を大切にしたおいしいあられを作ることが最も大切だと共有しました。

そして今、池田屋は急速に変わっています。製造会議による問題の抽出と改善、勉強会による知識の共有、パン屋の開店のほか、パートも含めて参加する朝礼も始めました。また、企業変革支援プログラムVer.2を使うことによって、問題の共有と課題解決の道筋も見えてきました。現在は『Ver.2』で可視化された問題を解決するために、みんなでどうしていこうかということを考えている段階です。

当社はこれまで、現状を打破したいという強い思いと小さな改革の積み重ね、そして、そこで得られた成功体験による自信によって、大きな変革を可能にしてきました。この先は地域を代表するような企業になるべく、伝統のおいしさを広めつつ新しいことにも挑戦し、全社一丸となって未来へ進んでいく。そんな池田屋をめざしています。

事例報告(岡山)
変革を力に 経営者の覚悟と「労使見解」
(有)田中製作所 代表取締役/岡山同友会代表理事 門田 悦子氏

当社は父が創業したオーダーメードの板金加工メーカーです。私は短大卒業後、8年間看護師として勤務したのち結婚を機に退職。当社にパートとして入社しました。

父が亡くなった後は母が会社を継ぎましたが、その頃はバブル崩壊などの影響で非常に苦しい状況でした。その上リーマンショックでは売り上げが60%減。そんな中でも母は「いま解雇したら社員が路頭に迷う」と考え社員と会社を守りました。リーマンショック後には取引先から多くの注文をいただき、地域から必要とされていることを実感。事業承継の覚悟を決めました。一方で、会社は問題だらけでした。若い社員と古参社員はけんかばかり。「職人は見て習え」の世界で、技術を教えようとも教わろうともしていませんでした。

悩んでいる時に経営指針づくりを勧められて同友会に入会。『人を生かす経営』を読み、『労使見解』にとても共感しました。看護師時代に学んだナイチンゲールの精神と本質的に重なっていたからです。ナイチンゲールは「人間の尊厳を大切にし、患者と対等でありなさい。患者さん自身が自己治癒力を持っているのですから、それを引き出すのが看護」と説きましたが、これは『労使見解』にも通底しています。

出来上がった経営指針ははじめはなかなか理解してもらえませんでしたが、技術伝承などの取り組みを通じて少しずつ会社が変わり始めました。そして経営指針の発表会を続けると、やがてみんなが指針書を誇りに思ってくれるようになりました。また2030年に向けたビジョンを作成すると、社員が自主的に勉強会を始めたり、技能検定を受けるようになったりといった変化が出るようにもなりました。借入金も返済でき、新機械導入・新工場建設など順風満帆でした。

そんなとき、コロナ禍になり売り上げは30%減少。私は社員に「心配しないで。私はこの会社は絶対につぶさない。解雇することもありません。一緒に頑張ろう」と言いました。そうすると社員から「社長ならそう言うと思っていたよ」との言葉が出されました。そこで、社員のアイデアを基に社内に「瀬戸内板金SQUARE」を設置。当社の強みである相談力を生かして、ものづくりの相談に乗れるようにしました。また若い人のものづくり離れを防ぐため、社員の発案で子どもたちが参加できるワークショップも始めました。

『労使見解』を学んでいなければ今の田中製作所はありません。この本は右も左も分からない私を経営者にしてくれました。経営指針を一丸となって実践することで社員の潜在能力を引き出すこと。それこそが『労使見解』の力だと思います。

交流会まとめ
中同協経営労働副委員長/宮城同友会代表理事 玄地 学氏

広浜会長が冒頭のあいさつで、経営力強化のために異業種からの学び、経営理念の確立、そして人を大切にすることが重要だと強調されました。また、50年の歴史を持つ『労使見解』のエッセンスを学ぶこと、自社だけでなく周囲にも変革を起こす必要性について言及されました。

続く山田委員長の問題提起では、『労使見解』が発表された50年前から、その内容を根底に置いて経営者の責任や自覚を追求した企業づくり運動を進めてきたことが紹介されました。一方で外部環境は厳しさを増す一方です。特に、最低賃金1500円への引き上げが迫る中、多くの企業が対応できていない現状があります。2019年の交流会では1200万円の黒字だった会社が最低賃金が上がっていくと1100万円の赤字になるとの試算が紹介され、これに対応するには売り上げを120%にするか、利益率を7%上げるしかないという厳しい現実も示されました。引き続き避けられない喫緊の課題として捉えなければなりません。

報告者の池田さんと門田さんの発表も深く心に残りました。池田さんの取り組みからは、真摯(しんし)に課題に向き合う姿勢が、門田さんの明るく前向きな人柄は経営者の安心感が醸し出され、社員の信頼を支える土台になるものだと感じました。2名の報告から共通して感じられたのは、「どこまでいっても社員と共に取り組むことの大切さ」です。

2日目には吉田先生から、経営者の役割やリーダーシップ、そして『労使見解』の8つの要点について講演いただきました。同友会型企業づくりのポイントなど、改めて多くの気づきを得ることができました。

本交流会のテーマ「変革を成す」を踏まえ、学びを3つのポイントにまとめました。

(1)「労使見解」の歴史とエッセンスを学ぶ

50年という節目の年だからこそ、『労使見解』の文字をただ追うだけでなく、そのエッセンスを現代の課題に当てはめて考えてみること。「現状認識」といった言葉の意味を深く議論し、共通認識を持つことから始めてみてはいかがでしょうか。また、「労使」をひとまとめにするのではなく、社員1人1人に焦点を当てた対応を考える必要があります。多様性の時代において不可欠な視点でしょう。

(2) 自社事業と顧客を再定義する

変革を起こすには、まず「変革前の姿」を明確にする必要があります。自社の「本業」とは何か、事業の再定義を行いましょう。顧客も変化しています。以前の顧客像に固執せず、ペルソナを設定するなどして、今の顧客を改めて定義し直すことが大切です。これにより、誰に、何を、どのように提供するのかを明確にし、最低賃金1500円にも対応できる高付加価値な企業へと変革していけるはずです。

(3) 社員と共に経営指針を実践・確立する

経営労働委員会の本質は、経営指針を実践し、確立していくことです。そのためには、ぜひ社員と共に「現状認識」を共有してください。多くの企業で経営指針が形骸化するのは、このプロセスを社員と一緒に行っていないからです。社員が現状を理解し、共有することで、協力を得やすくなります。

最後に、この2日間を通して「社員と共に」という言葉の重みを強く感じました。「変革を成す」という言葉の前に、ぜひこの言葉を加えていただきたい。同友会を牽引(けんいん)する経営労働委員会として、この運動を全国に広めていきましょう。

「中小企業家しんぶん」 2025年 10月 15日号より