船橋屋が描く老舗経営の変革と未来
(株)船橋屋は、1805年創業の江戸時代から続く老舗企業です。関東のくず餅の起源を継承し、小麦でんぷんを450日間発酵させる伝統的な製法を守り続けています。私は2004年に入社後、販売部での接客、記念事業や通販事業の立ち上げ、社内プロジェクトリーダーとして組織活性化に取り組み、執行役員を経て2022年に9代目の代表取締役に就任しました。私は、この長い歴史の中で培われてきた文化と、新たな時代に合わせた組織づくりを融合させることで、持続的な成長をめざしています。
船橋屋との出合いと私の歩み
船橋屋との出合いは就職活動の時でした。大学時代に負った大きな怪我を乗り越え、変わりたいという強い思いを胸に入社を決意。面接で「学生時代頑張った証拠だね」と言ってくれた面接官の言葉に心を動かされ、就職先を船橋屋一本に絞り、全店舗を回ってレポートを作成しました。この時の「行動すれば未来は創れる」という学びは、私の原動力となっています。
入社当初は、職人中心の古い社風に戸惑い、自身の熱意が理解されない壁にぶつかりました。しかし、新宿店舗に配属された際、店長の励ましを受けて奮起し、結果を出すことで周囲に認められることを決意。その年の年間店舗賞受賞をきっかけに、新店や新規事業を任されるようになりました。
事業承継と組織改革
2008年、7代目から8代目への事業承継を機に、船橋屋は大きな変革期を迎えました。新社長が掲げた「社員が働いてよかったと思える会社をつくる」という目的のもと、私は新卒採用担当として、同志の採用に着手しました。
当時は、社員の高齢化や新しいことへの抵抗、属人的なマネジメント、幹部候補の不足といった課題を抱えていました。これらを解決するために、職位や勤続年数、性別に関係なく参加できる横断的なプロジェクトマネジメント体制が導入されました。これにより、縦の関係性しかなかった社員間のつながりが横にも広がり、組織の活性化が図られました。
組織活性化の取り組み
2007年に始まった組織活性化プロジェクトでは、約8年間所属し、最後の3年間、リーダーとして活動しました。この経験から「求める人財に出会うには、まずは自分たちが求める人財になること」の重要性を学びました。
組織づくりにおいては、以下の4つの軸を重視しました。(1)意味と価値の共有(会社と個人の想(おも)いや目標を統合する)、(2)自信の向上(会社、職業、商品、自分自身に自信を持つ)、(3)共感力の形成(共通認識、共通理解、共通体験、共通言語をつくる)、(4)一隅を照らす文化の醸成(1人1人が主役として輝ける文化をつくる)です。

これらの活動を通じて、社員のエンゲージメントが高まり、場づくりができ、職場の雰囲気がよくなっていきました。さらに社内指標としてエンゲージメントレベル表を活用し、社員の関心や改善意欲を常に把握することで、無関心な状態を回避するよう努めました。
採用・研修・文化づくり
新卒採用活動では、「老舗」という言葉から抱かれがちな「格式が高い」「古臭い」といったイメージを払拭するため、会社案内をイラスト化したり人事ブログを365日更新したりするなど、等身大の船橋屋を発信しました。
また、各部門長や店長にも面接官として参加してもらい、現場の当事者意識を高めました。その結果、新入社員の定着と成長を現場が支援してくれるようになりました。研修制度も体系化し、内定者から新入社員まで一貫したプログラムを提供しています。また、「ビジョン発表会」や「取り組み発表会」を導入し、社員が互いの活動や想(おも)いを理解する機会を設けました。さらに「ありがとうカード」や「社内ポイントカード」といった仕組みを導入し、互いに承認し、提案し合う文化を醸成しました。これらの取り組みは、パート社員も参加しやすいように設計しました。
船橋屋を原動力に
2015年、創業210年の節目に実施された「リーダーズ総選挙」では、全社員の推薦で執行役員兼企画本部長に就任しました。この時、社員から寄せられた「誰よりも船橋屋を愛している」という言葉は、私の大きな喜びとなりました。
私が船橋屋を愛する理由は、就職活動中に全店舗を回ってスタッフと話した経験、船橋屋の歴史を研究する中で多くの人々と出会えたこと、そして何より、お客さまからの「おいしい」という声や、社員の「入社できてよかった」という言葉です。これらの経験の1つ1つが、私の原動力となっています。
組織成長と人財開発のサイクル
私は、仕事を通じて仲間と共に成長を実感することが、エンゲージメントを高めると考えています。私が考える「組織成長と人財開発のサイクル」は以下の通りです。
「行動・経験」→「成功体験の蓄積」→「仲間やお客さまからの承認(社会的承認)」→「自己効力感」→「感情的コミットメント・エンゲージメントの向上」→「主体性・成長意欲」→「人財育成・組織活性化」
このサイクルが機能することで、若手が育ち、中堅が支え、ベテランが導くという好循環が生まれます。このサイクルを回すためには、承認の可視化や仲間同士の交流、そして会社への愛着を育むことが不可欠です。
リーダーシップと次世代への継承
私のリーダーシップは、力で引っ張るのではなく、個々の強みを尊重し、自分らしくいられるようサポートすることです。9代目として、私は「基盤」をテーマに掲げ、くず餅や乳酸菌の科学的な研究や歴史をさらに強固なものにし、次世代に引き継いでいきたいと考えています。
そのために、戦略企画部を新設し、教育、ブランドづくり、ファンとのコミュニケーション強化に取り組んでいます。この部署には新卒入社の若手3名が所属し、会社の課題解決に積極的に取り組んでくれています。
〈戦略企画部課長 岡部 颯太氏〉
人財開発室の取り組みとして、マズローの成人発達理論に基づいた育成システムを構築しました。このシステムにより、新入社員が早期に「承認・自己実現」の「活躍ゾーン」に移行できるようになりました。この結果、船橋屋の新卒社員の離職率は、同規模企業平均と比較して大幅に低下し、入社3年以上の社員は100%が「充実している」と回答しています。
〈戦略企画部広報室 渡邊 菜摘氏〉
自身の店舗勤務経験や研修での学びを生かし、広報担当としてファン交流や情報発信を行っています。ファンミーティングで直接お客さまの声を聞いたり、SNSで親しみやすい発信をしたりすることで、船橋屋の魅力を伝えています。「まっすぐで、あたたかい」会社の姿勢に誇りを持ち、社内外の架け橋となることをめざしています。
まとめ
継続的な組織づくりと人財育成によって、船橋屋は素晴らしい仲間と出会い、社員1人1人が成長しています。その成長が会社の発展につながり、社会貢献へとつながっていくと信じています。
私自身、経営者としてまだまだ学びの途中ですが、多くの人から学び、これからもスタッフに支えられながら、お客さまに喜んでいただけるくず餅づくり、そしてよりよい組織づくりに努めてまいります。
会社概要
設立:1952年(1805年創業)
資本金:5,000万円
従業員数:300人
事業内容:くず餅(くずもち)・あんみつ等の製造販売 和スイーツなど創作カフェの経営
URL:https://www.funabashiya.co.jp/
「中小企業家しんぶん」 2025年 11月 5日号より









