事業承継の壁と相続税

 日本経済の根幹を支える中小企業が、今「事業承継の壁」に直面しています。経営者の平均年齢は62歳を超え、後継者未定の企業は半数に達します。黒字経営でありながら、後継者不在を理由に廃業する“静かな廃業”が増え、地域の雇用や技術が失われつつあります。背景には、少子高齢化による家族内承継の減少、相続税・贈与税の負担、そして経営者自身の引退準備の遅れがあります。事業承継税制の特例措置は設けられていますが、申請の煩雑さや制度理解の不足から利用が進まず、M&Aによる第三者承継も都市部に偏り、地方では買い手の不足が深刻です。中同協では、事業承継制度は事業承継者に猶予不適当となった場合のリスクが大きく、10年程度の一定期間の事業継続を条件に、猶予ではなく免除制度の導入を進めること、また市場取引がない中小企業の株式については、額面価格での評価とすることなどを国に要望提言しています。

 経営者が早期に承継計画を立て、後継者育成に取り組むと同時に、金融機関や専門家、自治体が一体となった伴走支援が欠かせません。しかし、よい企業になればなるほど株式の時価評価が上がり、事業承継が困難になる現状の制度は見直しが必要ではないでしょうか。

 日本の相続税・贈与税制度の見直しの議論も必要です。高齢化の進展と資産格差拡大が同時に進む中で、次世代への資産移転をどう位置づけるかは、一部の富裕層の問題にとどまらず、社会全体の制度設計として問われています。最高税率だけを見ると、日本は55%で世界的に高水準ですが、基礎控除が「3000万円+600万円×法定相続人」であり、課税対象は全体の1割強にとどまります。富裕層への課税強化や資産格差是正の観点もありますが、事業承継においては相続税や贈与税における株式評価が、取引相場のない株式の時価評価となっているのは見直しが必要だと感じます。

 海外と比較すると、アメリカは40%の最高税率であるものの基礎控除は約17億円と非常に大きく、実際の課税対象は全体の1%未満です。イギリスも40%で一律課税ですが、配偶者控除や持ち家優遇により中間層負担を抑える仕組みです。ドイツは7~30%の幅広い税率で、事業承継については条件を満たせば大幅減免が認められ、雇用維持を重視する制度設計です。フランスでは累進税率が55%に達する場合もあり、ヨーロッパでも資産移転への課税が最も重い国の1つです。カナダは相続税はなく、スウェーデンやオーストラリアは相続税を廃止しましたが、資産格差拡大や制度再議論の課題を抱えています。

 このように相続税は単に税率の問題ではなく、「誰をどの程度課税するか」「事業承継をどう扱うか」「格差是正をどう図るか」という国家観が反映される政策です。日本でも、世代間の公平性と地域経済の持続性を両立させるため、相続税や事業承継税制のあり方を含めた丁寧な議論が不可欠です。中小企業の灯を消さないためには、社会全体での覚悟と支援が求められます。

(I)

「中小企業家しんぶん」 2025年 12月 15日号より