EUとフランスにおける中小企業政策の動向 
関西学院大学商学部教授 山口 隆之氏

12月3日に開催された中同協企業環境研究センター公開研究会において、関西学院大学商学部教授の山口隆之氏が、「EUとフランスにおける中小企業政策の動向」と題して講演を行いました。その要旨を紹介します。

EUにおける中小企業の定義と特徴

 EUは制度統計・政策運用のため中小企業の統一定義を設け、従業員数・売上高・貸借対照表で判断します(表)。分類はマイクロ、小規模、中規模で、日本の「小規模企業(者)」に最も近いのはマイクロ企業です。近年は中小企業と大企業の間に位置する中堅企業を新設し、政策的支援の拡充が検討されています。中小企業は企業数の99.8%、雇用の65%、付加価値でも約半分を占め、日本とほぼ同水準ですが、国によって層の厚さには大きな差があります。

 現在のEU中小企業政策を理解する鍵は、以下の5点に集約されます。

(1)多様性の尊重
(2)意思決定を市民に近いレベルで行う「補完性原則」
(3)加盟国間の格差を縮小する「結束政策」
(4)地域の強みを生かした草の根イノベーションを促す「スマートな専門化」
(5)労働や社会保障の権利を保障する「欧州社会権」

EU中小企業政策の歴史

 欧州レベルで本格的に中小企業が意識され始めたのは1970年代です。第1次オイルショックで大企業が大量解雇する一方、中小企業は雇用を維持していたことが確認され、雇用政策としての支援が進みました。特にフランスでは、新興企業の振興よりまず雇用の安定や創出が重視されました。

 1983年は「欧州中小企業・クラフト産業の年」とされ、伝統的職人文化や中小企業への注目が高まりました。1986年に市場統合が合意され、中小企業には雇用維持と統合市場を支える役割が期待されます。1989年には欧州委員会に中小企業担当の第23総局が設置され、さまざまな連携の可能性が広がりました。

 市場統合後は加盟国間格差が課題となり、中小企業ネットワークを国境を越えて構築する動きが強まります。2000年の「欧州小企業憲章」では“小企業は欧州経済の背骨”と明記され、実行重視の行動計画が示されました。同時期に「リスボン戦略」が始まり、第23総局は企業総局に統合。イノベーション、起業、金融支援が柱となります。

 2008年には小企業優先を徹底する「欧州小企業議定書(SBA)」を採択。続く2010年の「欧州2020戦略」ではスマート・持続可能・包摂の3つの成長を掲げ、ホライズン2020やCOSMEなど大規模プログラムが始動しました。これらは研究開発支援や事業環境の改善を通じて中小企業を後押しするものです。

 現在のEU政策は「グリーン」「デジタル」「レジリエンス」の3つが柱で、特にデジタル化の遅れが中小企業の課題とされます。地域エコシステムの視点や従業員のデジタルスキル育成、社会的包摂の観点からの支援も重視されています。

 EU中小企業政策の根底には平和、多様性、結束政策といった理念がありますが、近年ではEU基金の魅力もあり、加盟国政策への拘束力が強まっているのも現実です。多様性を尊重しつつトップダウン的側面が強まるというバランスが課題ですが、各国の施策の背後にはEU共通理念がある点が特徴です。

フランスの産業構造

 フランスでは企業の99.8%が中小企業ですが、雇用シェアは5割弱と大企業の存在感が大きい点が特徴です。戦後、国家主導で産業再建を進めた結果、大企業中心の構造が形成され、零細企業が非常に多い一方で中間規模層が不足する二重構造が続いてきました。この背景から、近年フランスでは先のEU基準に加えて中堅企業を独自に定義し、中堅企業育成を重視するようになりました。過去国の巨大プロジェクトを担った大企業においては現在も国家の影響力が強く、少数の大企業が売り上げや利益、投資や輸出面で大きな影響力を持っています。なお、マイクロや中小企業は商業・サービス領域に広く分布し、製造業比率が中堅・大企業より低いことが特徴です。

戦後フランスの中小企業政策

 政策が本格化したのは1970年代のオイルショックです。深刻な不況を契機に雇用維持の担い手として中小企業が重視され、1978年には初の中小工業担当大臣が設置されました。1980年代にはパリ一極集中が問題化し、国土開発や地方活性化と結びついて中小企業への期待が高まり、権限を持つレジオンが国と契約を結ぶ地域競争の枠組みが整いました。同時に企業には高付加価値化が求められるようになったため、研究開発型中小企業への関心も強まります。1990年代には製造業の雇用維持が課題となり、1998年にイタリア型産業集積を参考にした「地域生産システム(SPL)」政策を導入します。これによって国内の中小企業集積が把握され、中小企業同士の連携活動を支援する仕組みが整えられました。2000年以降は「リスボン戦略」の影響でイノベーション政策が強化されますが、中小企業を「雇用」と「地域」の担い手とする姿勢は一貫して維持されています。

2000年以降における政策の柱

 主な政策は(1)自己雇用主制度、(2)中堅企業支援、(3)競争力クラスター支援です。(1)自己雇用主(auto entrepreneur)制度は2009年に導入された簡便な起業制度です。社会保障番号などを用いてオンライン登録するだけで起業でき、起業数の増加に貢献しましたが、売り上げ上限があり利用者も失業者や学生が多いことから、失業対策的との批判もあります(図)。

 (2)中堅企業(ETI)支援は2008年の経済近代化法で法的区分が新設されたことが起点で、背景にはドイツの厚い中堅企業層への注目があります。中堅企業向け政策はサルコジ政権期に始まりマクロン政権初期には目立った動きはなかったものの、2020年に「中堅企業国家戦略(Strategie Nation ETI)」が公表されました。ここでは6つの目標と15の施策に基づいた中堅企業支援が示されました。また、2022年には有望中小企業を選抜支援する「エタンセル(ETIncelles)」も始まりました。

 (3)競争力クラスター政策は、地域活性化、中小企業振興、研究開発強化を狙いとして大学、研究機関、企業による地域連携を促す枠組みです。2005年に本格化し、現在は第5フェーズ(~2026年)に入っています。EUでは地域の「エコシステム」という考え方が広まっており、こうした中で競争力クラスターは、地域レベルでさまざまな主体を結び付け付加価値を生み出すものとして、そしてEU基金獲得の1つの手段として期待されています。

フランス中小企業政策の特徴

 フランスの中小企業政策には、中小企業を経済主体であると同時に社会を支える存在とみる視点があります。雇用・失業対策や社会的包摂の観点でも中小企業は重要で、これは欧州に共通した特徴でもあります。実際、このことを反映してフランスではクラスター支援に代表されるように省庁横断的支援が進んでいます。また、これに加えて国家戦略と中小企業政策の連動性という点も注目されます。たとえばフランスは「France2030」と称して、医療、深海開発、ハイブリッド車開発など重点領域に集中投資する国家戦略を示していますが、先のクラスターの選考や再認定においては、国が示す戦略的領域や目標との関連性が以前よりも厳しく問われるようになってきました。日本とは国の成り立ちも社会構造も大きく異なりますが、こうした点は非常に興味深い部分です。

「中小企業家しんぶん」 2026年 2月 5日号より