【あっこんな会社あったんだ!】地域創生 
農業を起点に、魅力ある村の未来を描く~人と地域をつなぐ「橋」をめざして 
(株)大潟村松橋ファーム 代表取締役 松橋 拓郎氏(秋田)

 企画「あっ!こんな会社あったんだ」では、企業経営に関わるさまざまな専門課題に取り組む企業事例を紹介しています。今回は「地域創生」をテーマに、松橋拓郎氏((株)大潟村松橋ファーム代表取締役、秋田同友会会員)の実践を紹介します。

教員志望から農業へ

秋田県大潟村―かつて日本第2位の面積を誇った8郎潟を干拓して生まれたこの地で、(株)大潟村松橋ファームは稲作を中心とした農業を営んでいます。

松橋氏は大学で地理学を学び、「誰にどのような影響を与えられるのかを実感できる仕事がしたい」という考えから、当初は教員を志していました。しかし入学当初、実家の米を部活動の合宿所に送った際、先輩たちが「おいしい」と笑顔で食べる姿を見て、家業の農業に関心を持つようになります。「食べる人もつくる人も互いに喜び合える関係性を農業でも実現できるかもしれない」と感じたのです。

農業を普通の職業に

大学を休学してヨーロッパの農村を巡り、その暮らしや価値観に触れ、卒業後は北海道での農業研修を経て帰郷。2022年末に法人を設立し、翌年に事業承継を果たしました。準備期間は半年足らずで、設備や資産の移行など十分とは言えない面もありましたが、「形を変えることが変革の第一歩」と考え、法人化を優先したと言います。また、会社と個人の資金を明確に分け、経営の透明性向上にも取り組みました。

その背景には、「農業を特別な仕事ではなく、普通の職業にしたい」という思いがありました。農業は個人事業として営まれることが多く、柔軟である一方、経営が属人的になりやすい側面もあります。長時間労働で休みが取りにくいという従来のイメージを払拭しなければ、担い手も増えません。そこで就業規則を整備し、労働時間の目安を設け、朝8時からのミーティングを導入するなど働き方を見直しました。

体験でつなぐ「日本酒プロジェクト」

同社の主力は米づくりで、売り上げの9割以上を占めます。松橋氏は農業の価値を体験として届けるため、「農家とつくる日本酒プロジェクト」も展開。参加者は酒米栽培から酒づくりまで関わり、オンラインでの生育確認や作業体験、ラベルへの名前掲載など、農業を“自分ごと”として感じられる仕組みをつくりました。「大きく当てるより続けることが大切」と語る松橋氏。この取り組みは14年続き、現在では全国から約300人が参加するコミュニティになり、リピート率は9割に達しています。

人が集い、新しい価値が生まれる場所

さらに2025年には、カフェと小売を併設した拠点を村の中心部に開設しました。背景にあるのは、「地域に新しい価値をつくりたい」という思いです。大潟村は全国からの入植者によって成り立ち、固有の食文化がまだ十分に育っていない地域でもあります。松橋氏はここに可能性を見いだし、「人が集い、新しい価値が生まれる場所」をつくろうと考えました。店名はイタリア語で「橋」を意味する「Ponte」。人と人、地域と外部をつなぐ拠点として、交流と発信の場となりつつあります。

新規事業に対しては、「うまくいかないだろう」との声も少なくありませんでした。しかし松橋氏は、「合理的に考えれば、人口減少が進む地域では何もしない方がいいという結論になるかもしれない。しかし、それでは魅力的な地域は生まれない」と考え、「描きたい未来があるなら自ら行動するしかない」と歩みを進めてきました。

同友会での学びもその一助となっています。当初は「学びと自社の実践が結びつかない」というもどかしさを感じていましたが、事業の数字や効率だけでなく、人間関係や組織、さらには家族との関わりまで含めて経営と捉える視点が養われたと松橋氏は言います。

文化をつくる

今後は、中期計画に基づき、農業部門での雇用拡大や組織の平準化を進めるとともに、大潟村ならではの食文化づくりに取り組む予定です。「Ogata Cuisine~オーガタキュイジーヌ~」として、料理人との連携を通じ、この土地ならではの食体験の定着をめざしています。

「この地域には素材がある。それに人が関わり、体験し、共有するプロセスそのものが文化になる。今ある食文化はだいたい自分が生まれた時には既に存在していたと思うが、アメリカ合衆国カリフォルニア州のカリフォルニアキュイジーヌのように、歴史が浅く食文化と呼べるものがない大潟村では、食文化が形成される過程を生きることができるかもしない。全てがうまくいくわけではなく、定着したものが結果的に後から振り返ると文化になる。そう考えると、失敗を恐れず行動したい」と松橋氏は語ります。

変化を恐れず一歩を踏み出し、農業の枠を超えて地域の未来を描く松橋氏の挑戦は、人口減少時代における地域の可能性を示しています。

会社概要

創業:2022年
従業員数:4名(役員1名、パート2名を除く)
事業内容:農業、飲食・小売
URL:https://matsuhashifarm.com/

「中小企業家しんぶん」 2026年 5月 5日号より