戦後80年が過ぎ、平和を巡る問題がクローズアップされています。本連載では、全国の戦争遺跡や平和を祈念する資料館を紹介します。
明治大学生田キャンパスは、緑豊かな17ヘクタールの広大な敷地を擁していますす。その一角にあるのが明治大学平和教育登戸研究所資料館です。1950年に国から購入したこの場所には、かつて陸軍の第九技術研究所が設置されていました。
同研究所は、秘密戦のための防諜(ぼうちょう)、諜報(ちょうほう)、謀略などを担当した部門で、生物兵器や電波兵器などの開発が行われました。和紙を貼り合わせた風船爆弾もさかんに作られ、偏西風に乗り米国本土に1000発ほどが到達したと言われています。実際には搭載されなかったものの、牛疫(ぎゅうえき)ウイルスを積んだ風船爆弾も計画されました。
長引く日中戦争の打開策として研究されたのは精緻な偽札づくりです。その大量投入によって悪性インフレを引き起こし、経済混乱が企図されました。1945年には偽札の発行残高は40億元に上り、経済謀略戦の中核を担いました。
戦後、登戸研究所はGHQに接収されます。施設の空襲は免れ、戦犯使命を受けた関係者も誰一人いません。
ここでどのような研究が行われていたか、世に出る機会はなかなか訪れませんでした。80年代になって全国の高校で平和ゼミナール活動が始まり、高校生と教師との触れ合いを通じて元所員の口から次第にその全容が明らかになっていきます。市民や元所員から研究所の保存と資料館設置が明治大学に要望され、2010年の開設に至りました。
「登戸研究所は、戦前日本の戦争・軍隊を知る上で、きわめて貴重な戦争遺跡のひとつです。(中略)私たち大学と同じ科学研究にあたる場が、戦争という目的のためには、場合によっては尋常な理性と人間性を喪失してしまいかねない機能を持ってしまうことを強く自戒するためでもあります」と、資料館の設立趣旨は呼びかけています。
(水曜~土曜10時~16時。入館無料。小田急線「生田」駅から徒歩15分 https://www.meiji.ac.jp/noborito/)
「中小企業家しんぶん」 2026年 7月 15日号より










