平和のバトンを次世代へ

 同友会は「中小企業は平和な社会でのみ繁栄を続けることができる」との立場の下、「日本経済の自主的・平和的な繁栄をめざす」ことを3つの目的の中で掲げています。国際情勢が緊迫する今、改めて平和の大切さを考え、次の世代へ語り継ぐことが求められています。「平和のバトン」を未来へつなぐため、全国の会員の皆さまから寄せられた思いを紹介します。

イソップ物語 北風と太陽の話をご存じでしょう
(株)水上 会長 水上 宏(東京)

人は力ずくではより強固に守りを固めるが、思いやりや穏やかな働きかけの方が効果が大きいとの教えがあります。私は社員に対しても、商売においても、いや家族においても実感することが度々ありました。国家間においては国益、過去の怨念、メンツなどはるかに複雑で面倒なパズルのような様相です。売り言葉に買い言葉で応じるのは国を担う賢明なリーダーのなす技ではないと思います。「殴ったるぞ!」「殴れるものなら殴ってみろ!」と答えた私の部下は本当に殴られました。殴った者は気の毒に解雇になりました。「まぁまぁ、そう言うなよ」となだめる余裕があってこそ先進国、民主主義国の宰相の器かと思います。

国家間のことはそれよりはるかに困難で難しいのは当然でしょう。逆にそれ故に被害も効用もその何百倍・何千倍も大きいですね。中東や日中問題で、国も国民も何兆円もの被害を受けていることを大統領や首相にも分かってもらいたいです。私は中露北のいずれも好きでも嫌いでもありません。そこに何百万、何千万の暮らしがあるのを認めるだけです。日本の0・1%の面積しかないガザ地区ですら滅亡させられないのですから、われわれはうまく仲よく付き合っていくしかないのです。残念ながら、権威主義国家の方が外交的には有利であるのを認識して対応してもらいたいものです。こちらが硬化したら相手も対決姿勢に出ます。武器を用意したら向こうも大砲を持ち出します。南西諸島にミサイルを配備したら空母を巡回させます。こちらが3%の軍備と言えばより軍事費を増やします。抑止力の理論は理解できますが、核抑止状態が永遠に続けられるわけではないでしょう。いずれかの時期に平和外交で核廃棄ができなければ、錯誤による核爆弾の連鎖で人類は破滅します。戦争の主たる原因が国益ですから、100年後に世界連邦の建設をめざす目的を掲げて世界平和に向かうのはいかがでしょう。

次世代につなぐべきもう1つのこと
楠晃一公認会計士事務所 代表 楠 晃一(兵庫)

毎年8月15日が近づくと、私は、平和について何を次の世代に手渡すべきなのかと考えます。

戦場や空襲、原爆などの写真を見たり、戦争を体験した方の証言を聞いたりすることは、戦争の悲惨さと非人道性を知る上で欠かせません。体験者が少なくなる中、その証言や記録を受け継ぎ、次の世代へ伝えることは、戦争を直接知らない私たちの大切な役割です。

しかし、次世代へ渡すべき「平和のバトン」は、悲惨さの記憶だけではないと思います。なぜ日本は戦争への道を進み、途中で止められなかったのか。その政治的・社会的な過程を学ぶことも、受け継ぎたい平和学習の一部ではないでしょうか。

当時の政府や軍は、なぜ戦争を拡大し、国力差の大きい米英との開戦に踏み切ったのか。また、多くの人々が戦争を支持、同調し、反対の声を上げにくい社会は、どのように形成されたのか。これらの問いに単純な答えはありません。政治や軍の制度、外交関係、資源問題、報道や言論の統制、社会の空気など、さまざまな要因が複雑に絡み合っていたからです。だからこそ、その過程を丁寧に学ぶ意味があります。

作家の故・半藤一利氏は著書『昭和史 1926―1945』(平凡社ライブラリー)で、戦前の昭和史に表れた問題点を振り返り、そこから教訓を学ぶ必要性を説いています。私はそこから、異論が排除され、都合の悪い情報が伝わらず、社会全体が1つの方向へ流されることの危険を学びました。

平和への思いを現実のものにするには、社会の変化に関心を持ち、情報をうのみにせず、異なる意見にも耳を傾けながら、1人1人が考え続けることが大切です。

戦争の悲惨さを証言や記録で語り継ぐこと。それに加えて、戦争に至る過程を学び、平和を脅かす社会の変化に気づく力を育てること。その2つを共に次の世代へ手渡すことが、私たちにできる「平和のバトン」ではないでしょうか。

「中小企業家しんぶん」 2026年 9月 5日号より