国民の環境保全基地としての山村~消えゆく日本の原風景と自然を守ろう

 山間の集落が人口激減と高齢化で生活を維持することができなくなり、集落から全員が退去する際、最後にだれもお参りする者がいなくなる鎮守の神様を焼き払い、集落を閉めるという悲しい記事を目にしました。

 今、日本全国で毎年30カ所ほどの集落が次々と消滅しています。このような消滅寸前の集落を「限界集落」と言います。山村崩壊の危機に警鐘を鳴らす大野晃氏(長野大学教授)が提唱してきました。

 65歳以上の高齢者が半数を超えて1人暮らし老人が滞留し、冠婚葬祭など社会的な共同生活が困難になった集落です。日本の原風景である里山や棚田など豊かな自然環境が荒廃し、村の鎮守の森など集落の助け合いで維持されてきた地域共同体が消滅しつつあります。

 この問題は、住めなくなった地域は放棄して移住すればよいという単純な問題ではありません。山村風景や伝統文化・芸能の喪失とともに、自然環境が荒廃して山や田の保水力がなくなり、下流の都市に渇水や水害など災害をもたらします。

 大野氏は、下流の人たちが上流の山村を支援して、流域全体で人間と自然が豊かになる仕組みとして「流域共同管理」を提唱しています。

 京都府綾部市は昨年、「水源の里条例」を制定しました。U・Iターン者の定住対策や都市住民との交流、特産品の開発等への支援を行います。限界集落を見捨てずに、水源を守る集落を「公共財」と認めて行政投資する新しい考え方が広がりつつあることが注目されます。

 国では2000年度から「中山間地域等直接支払制度」を実施。道路・水路の共同管理の充実、耕作放棄地の復旧、集落の環境整備など多様な取り組みが進められています。しかし、この制度の限界集落への適用が少なく、実態に合った弾力的な運用が必要であることと、1人当たりの交付金額が7~8万円と欧米に比べ桁違いに少ないという問題があります。日本の「限界集落」化を押し止めるにはまだ力不足のようです。

 驚かされるのは、アメリカの農家に対する直接払いの大きさ。農業所得に対する直接支払いの占める比率は約60%にものぼり、EUをも凌ぐ水準にあります。これは土壌など自然資源の保全のための手厚い農業環境政策をとっていることによるもの。遺伝子組み換え作物を広大な農地で栽培する大規模農業という特徴をもつ一方で、農家に対する環境を理由にした支払いや補助は充実しており、その面ではアメリカの農業環境政策は日本をはるかに凌いでいます(鷲谷いずみ編著『水田再生』)。

 今後、山村を国民のための環境保全基地として位置づけ、自然保護や水源涵養機能、生物の多様性を高める条件不利地域の農業・林業に対する直接支払制度など、公的助成や地域再生の取り組みへの支援を強力に進めることが、喫緊の課題として求められています。

(U)

「中小企業家しんぶん」 2007年 4月 15日号より