現場任せて変わる職人気質 (株)五日市塗装工業 社長 晴山 祐一氏(岩手)

土木工事2年で半減の厳しさ

 「県内の土木工事(公共事業)は2年で半減、県からの仕事も3割ダウンし、塗装業界ではボーナスは出ない、『昇給』という言葉をここ数年聞いたことがないなど、厳しい状況です」と話すのは、晴山祐一・(株)五日市塗装工業社長(岩手同友会会員)です。

 晴山氏は1989年に夫人の父親が経営する五日市塗装工業に入社し、営業と現場監理を1人で担当、98年に代表取締役に就任。県内の1社依存型企業は、価格競争に追い込まれ、中堅企業が倒産する事態もある中、五日市塗装工業は晴山氏の営業力で、公共事業依存度10%、建設会社20~30社程度を取引先とし、職人すべてを正規雇用としていました。

 当時すでに技術力に定評のある、県内でも5本指に入る塗装会社でした。

「悩みが打ち明けられる」同友会に入会

 安定しているかに見えた同社も、晴山氏が社長を引き継ぐ年、3000万円の赤字を計上。晴山氏はさらに営業に励みます。一時的に好転するものの、「根本的になんとかしなければ…リニューアル分野で個人を対象にした仕事をしてみよう」と思っていた矢先、相談相手の不動産会社社長に同友会入会を勧められました。

 2003年、「例会に参加して、悩みが打ち明けられる。裏の部分までしゃべることができる会の魅力にひかれて即入会」。すでに始まっていた岩手同友会の「経営指針セミナー」に飛び入り参加し、早速経営指針作成にとりかかります。

「会社の理念はなんですか」と問われて

 また同年、現在営業部長の佐々木秀和氏が入社。大手で実績をあげていたものの、転職の中継ぎ程度との軽い気持ちで同社に転職した佐々木氏は「当時の社長は1人で営業・監理・雑用のすべてを切り盛りしていて、社員が何か相談したいと思っても社長にその余裕はありませんでした。社員はすべて社長の指示待ち、それが当たり前の会社だったのです」と入社当時を振り返ります。

 問題意識を強く持つ佐々木氏に「社長の夢、会社の理念はなんですか」と質問をぶつけられ、晴山氏は「借金を返したい、社屋を建てたいということもありましたが、とにかく従業員が喜んで仕事ができる会社にしたい」ということを、夜を徹して話しあいました。

社長が変わり社員が変わる

 その後、晴山氏は同友会で学び、まず自社分析を開始。会社の数字がまったく把握できておらず、自分は経営者でなく、業務をこなす社員の1人でしかなかったことを痛感します。

 経営理念もつくってみましたが、社員の自主性をどう引き出すかが大きな課題でした。

 同友会の例会で学び、「塗装という建造物の最後の仕上げをする会社にもかかわらず、あまりにも汚い社内」を自覚。晴山氏自ら毎朝トイレの清掃を行うようになり、そのうち社員にも社長の変化が伝わり始めました。

現場を任せる

 また、現場を社員に任せるためには、職人気質を改め、若い人が育つ会社にしなければならないと、経歴の長い職人をリーダー(職長)に、4つのグループを作りました。

 「なぜ営業から監理までやらなければならないのか」という現場の不満もありましたが、現場ごとに経費、粗利益率、工事金額を社内で公開して、目標達成度合いを◎○△×の4段階で評価。その評価に応じて、現場奨励金を職長にバックする制度を確立しました。

 無駄を排除すれば自分たちにも、お客様にもメリットがあることが実感できるようになった上、現場の職人が直接お客と話しをする機会を多く持つようになり、若い職人の丁寧な対応が評判になってきました。

社員とともに

 現在、同社では新聞にチラシを入れ、1戸建てのリニューアルの元請けの仕事に力を入れています。分かりやすい説明で見積りに納得してもらうことを大事にしており、丁寧な仕事が顧客を呼び、価格競争はしていません。経営指針は毎年見直し、社員とともに目標を議論しています。

 一昨年から中学生の職場体験学習を受け入れ、今年は特に「何のための会社か、何のために経営しているか、夢・目的がなぜ必要か」など、自らの体験をもとに語りかける晴山氏。

 「自分ひとりでは何もできないが、みんなが集まるとすごい力が発揮できることを学んでほしい」と話しています。

経営理念

保護・美装による環境保護により社会貢献し会社の発展と全従業員の幸福をめざします。
信用と技術によるサービス業で全ての人に頼られる存在をめざします。
共存・共栄を図り全ての人と満足が得られる事をめざします。

会社概要

創業 1971年
資本金 1000万円
年商 2億4500万円
社員数 21名
業種 塗装工事業、防水工事業他
所在地 盛岡市みたけ3-1-36
TEL 019-641-4601
URL http://www.itsukaichi-toso.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2006年 2月 15日号より