【酒蔵1】九十九里に香る吟醸蔵 稲花(いなはな)酒造(有)(千葉)

九十九里に香る吟醸蔵
稲花(いなはな)酒造(有)(千葉)

地域の歴史と文化を担って

 かつては別荘地でもあった九十九里浜に面した上総一宮の東浪見(とらみ)は、今やサーファーのメッカともなっています。昔から地引き網漁の盛んなところでした。

 稲花酒造(有)(秋場昇社長、千葉同友会会員)は、その地引き網の船方への振舞酒として文政年間(1820年代)から酒造りをしています。代々、秋場家の血筋を引く秋場貴子専務に話を聞きました。

 歴史を感じさせる酒蔵であることから尋ねると、もともと造り酒屋には庄屋が多かったようです。それは米が豊富にあったからです。秋場家は、本田忠勝に滅ぼされた土岐氏の流れをくむ崩れ氏族だといいます。さらに、この東浪見周辺は昔より鰯(いわし)漁の盛んで、秋場家は網元もかねていたようです。

 蔵の横に建つ自宅は木造2階建てですが、いかにも由緒ある建物で、残っていた古文書などは、現在、上智大学で保管しているそうです。文字通り、この地域の歴史と伝統、文化を背負ってきました。

 蔵の名、「稲花」とは、先祖が詠(よ)んだ歌「旭(ひ)の恵み うけて香るや 稲の花」からとったといいます。古文書によれば、文政年間にはすでに150石の酒造りをしていた記録も残っています。稲花正宗のラベルには「九十九里の波音に 和しとうたらり 神なからなる 酒を醸すも」という、この地にゆかりの詩人白鳥省吾の詩とともに「稲花」と刻されています。

素朴、端正で細かなキレ

 稲花の仕込みには隣町、長南町の岩清水から湧き出る天然の軟水を、活性炭で濾(ろ)過して使っています。仕込み以外には蔵内の井戸水を使いますが、これも完全浄化して使うという徹底さです。

 米にもこだわります。酒屋は米をみる力がなければならないと、専務自身若いころは田んぼに入っていたといいます。また、買う米も反収7俵以上とれた米は買わないそうです。化学肥料を入れた米は身は太るが、窒素分が多く酒造りには向かないからです。専務自身、醸造科を出た酒造りの本格家、杜氏と一緒に蔵に入って麹の働きや温度管理にも気を使っています。

 また、漕と呼ばれる酒を絞る圧搾機がありますが、ここでは、平均35%で止めるという歩留まりの悪い絞り方をします。

 こうして作られた酒の特徴は、きめ細かくキレのある味に仕上がる。歩留まりの悪い絞りはアルコールやエキス分の高いおいしい酒粕にも。これも人気商品の1つです。さすが「酒は本来、素朴、端正をもって極上とする」という家訓をもっている蔵だけのことはあります。

 今年も11月中旬より酒造りが始まります。12月下旬に発売される本醸造無濾過原酒は、毎年待ち望むファンも多く、酒好きにはたまらない1品です。

おつまみ

 九十九里に伝わる酒の肴(さかな)といえば、「鰯の胡麻漬け」背黒鰯を開いて塩で殺し、梅酢で処理した酢の物。開いた背黒鰯を樽にきれいに並べ、大根、にんじん、ゆず、唐辛子を千切りにして胡麻をふり、サンドイッチにして甘酢を振りながら漬けていきます。

 もう1品は「鰺の水なます」。鰺のたたきみたいなものですが、味噌とショウガを入れ、しその実を入れ、一緒にたたく。それを形に作り、器に盛って、そこに氷水を入れたもの。水に溶いた感じをすくって食べます。夏に、稲花の冷酒にこれがあればいうことなし。

【会社概要】
創業
 1954年(法人登録)
資本金 1800万円
社員数 6名
年商 8000万円
事業 酒造業
所在地 千葉県長生郡一宮町東浪見5841
TEL 0475-42-3134

「中小企業家しんぶん」 2004年 11月 15日号より