若者が長期の生活設計できる働き方を 都留文科大学教授 後藤 道夫氏

職業訓練を受ける機会のないまま年老いていく深刻さ

派遣やフリーターなど不安定な形で働く若者が増えており、結婚したくてもできない貧困層を生み出しています。長期の生活設計ができる働き方をどう作り出していくかは、少子化問題を考えるとき、避けて通れない課題です。今回は、こうした不安定雇用で働く若者たちの状況に詳しい都留文科大学教授の後藤道夫氏にインタビューしました。

非正規雇用と貧困化が進む若年層

 働いても生活できない「ワーキングプア」や、「ネットカフェ難民」(インターネットカフェを家代わりに生活)と呼ばれる若者が増えていますが、雇用構造が大きく変わった矛盾が若年層に激しい形で現れていることが背景にあります。

 まず、正規雇用から非正規雇用への移行が1995年以降急激に進みました。94年と2006年を比べると、正規労働者が全体で94年3805万人から06年3340万人と465万人減、そのうち15~24歳(非在学)では577万人から271万人へと360万人減で、正規労働者減の約4分の3は若年層が占めています。しかも、非正規増加の中心は、主婦パートのような家計補助的労働ではなく、主に自分の収入で生活している「フルタイム非正規」(派遣、嘱託、契約社員など)です。

 一方、15~24歳(非在学)の非正規雇用・失業・非求職無業は、男性43・8%、女性51・8%(06年1~3月平均)。つまり、学業を終えた若者の半数近くが、これまでの正規雇用で想定されていた、きちんとした職業訓練を受ける形で社会生活のスタートを切っていないということになります。

正規・非正規雇用の推移(「労働力調査」より)

若年層の正規雇用の変化(「労働力調査」より)

男性の有配偶率は年収に比例

 さらに、非正規との競争関係におかれた正規労働者も、結婚・子育て世代を中心に賃金低下が顕著です。年収300万円未満の30~34歳男性正規は97年が11・3%だったのが、02年では17・2%。ちなみに、この世代の男性の有配偶率は見事に年収に比例していますが、300万円未満では3割、4割程度にすぎません。

 大企業と中小企業の賃金格差も広がっています。賃金構造基本統計調査によると、10~99人規模企業男性の05年の年収平均は、99年と比べて27・7万円6・0%減、そのうち30~34歳では40万円9・0%も減少しています。

年収別有配偶率・男性 (「2002年就業構造基本調査」より)

企業規模別賃金年収指数の変化・男性 (「賃金構造基本統計調査」より)

 このように、長期の生活設計を立てにくい不安定雇用である非正規が増えるとともに、正規であっても生活できないような賃金状況が広がっていることをどう見ていくのかが、少子化問題を考えるとき、重要なポイントとなります。

勤労世帯への最低生活保障の底抜け構造

 このような雇用状況の変化の背景にあるのは、一言でいえば、日本的雇用システムが崩壊したことです。

 バブル崩壊後、新卒採用の大幅な抑制と、正規から非正規用への移行が急激に進みましたが、景気回復後もその流れは基本的に変わっていません。それは、経済のグローバル化と大企業の本格的な多国籍化に対応するため、新卒採用した若い人材を年功序列型賃金と長期雇用を前提に企業内教育により人材育成していくという、いわゆる日本的雇用システムを根本的に切り替え、職務給や成果主義賃金を導入して短期に成果を求め、景気変動に合わせて柔軟に雇用調整できる雇用システムへの転換を図ってきたことです。

 これまでは、こうした日本型雇用システムが、勤労世帯に対する社会保障的役割を果たしてきました。それが崩壊してきたにもかかわらず、社会保障は相変わらず高齢者など非勤労世帯中心に組み立てられ、しかも住宅費や水光熱費、交通費、医療費、教育費など、裁量の余地の少ない「社会的固定費」と呼ばれるものがヨーロッパと比べてきわめて高いことが、働く貧困層「ワーキングプア」急増の社会的背景です。

 企業で社会保険に入れてもらえず、自分で国民健康保険に加入する若者が増えていますが、その保険料も高い。病気になって収入が途絶えたとたん、保険料が払えなくなり、医療保障からも落ちてしまう。国のセイフティネットが機能せず、ちょっとしたことで生活保護水準よりずっと下に落ち込んでしまう。これを私は「勤労世帯への最低生活保障の底抜け構造」とよんでいますが、雇用システムの大規模な構造変化に対応した社会保障の再構築が早急に求められています。

社会の不安定化もたらす非正規雇用の若者の増加

 私が深刻だと思っているのは、きちんとした職業訓練を1度も受ける機会のないまま年をとっていく人が急増したということです。

 ちなみに、ワーキングプアは若者だけの問題ではありません。02年の就業構造基本調査をつかっての推計では、貧困労働者世帯は552万世帯ですが、そのうち2人以上世帯が427万を占めます。子育て中世帯の貧困率はほぼ30%。現在でもこうなのですから、若者の処遇、職業訓練をこのままにしておくと、先行き大変なことになるのではないか、ワーキングプアの状況が将来さらに大幅に拡大するのではないかと思います。

 不安定で低賃金・単純肉体労働を転々と続けて50代くらいになると、そうした働き方もできなくなる、結婚もできない。とくに男性は社会的ネットワークを作る力が弱いので、家族や友人、地域などから孤立し、底抜け構造の先にはホームレス。実際、川崎のホームレスを調査すると、約6割が1度も結婚したことのない人でした。こうした層が増えていくことは、社会を不安定化させていきます。

 いま、障害者福祉や生活保護受給者に対する世間のねたみからくるバッシングにはすさまじいものがありますが、その背景には、勤労世帯に対するセイフティネットが機能せず、すべて「自己責任」で追い込まれ、将来への展望を見いだせない広範な貧困状況があるといえるでしょう。

社会として若者を育てていく責任

 これからの社会を担っていく若者が、こんなにもぼろぼろの状態で放っておかれていていいのでしょうか。国民経済的観点から見ても、社会人として若者が育っていかないことは大きな損失です。

 日本経団連は、若手社員の育成がうまくできていないというレポートを2005年に出しましたが、日本型雇用の解体に対応できるような新たな育成システムの構想はないようです。非正規雇用も含めて、社会の中でどう若者を育てていくか、その社会的システムづくりには、まだ手がつけられていないのが現状です。

 まずは、雇用している若者の職業訓練を、たとえ非正規であってもさまざまな形で企業に奨励あるいは義務づける必要があるでしょう。さらに、正規、非正規問わず、職業訓練を地域や職種別単位で行っていく仕組みを作っていくことも重要です。同友会には、自治体や商工会議所なども巻き込んで、その仕組みづくりの1つの軸になっていただきたいと思います。

 それから、企業として社会保険に入れるべき人は入れ、結婚し、子育てできる賃金を支払うこと。それが企業の社会的責任(CSR)でもあります。日本の最低賃金は、家計補助的に働く人を基準に定められており、欧米と比べて高い社会的固定費を支払いながら、家計の中心として働く一般勤労世帯はもちろん、単身世帯の生活保護基準なみの生活費すら、まかなえる水準から遠く離れています。

 大企業と中小企業の賃金格差が広がっていますが、中小企業全体の底上げをどうはかっていくか、ということも重要でしょう。

「中小企業家しんぶん」 2007年 5月 15日号より