第38回中小企業問題全国研究集会【記念講演】森は海の恋人

「森・里・海の連関学」を世界に発信

(有)水山養殖場 社長 畠山 重篤氏(牡蠣の森を慕う会代表)

 第38回中小企業問題全国研究集会(略称「全研」)2日目に行われた記念講演「森は海の恋人」の概要を紹介します。また、引き続き行われたオプショナルツアーでは、講師の畠山重篤氏の案内で、「森は海の恋人」の現場を訪ねました。

森から海への食物連鎖

 仙台の名物といえば、笹かまぼこが有名ですが、なぜかわかりますか? 仙台湾には、阿武隈川、広瀬川、北上川など、多くの川が流れ込んでいるため、湾の底は砂地です。そこではヒラメやカレイなど白身の魚が食べきれないほどとれたため、それを保存食としてすり身にしてきたことが始まりです。

 カレイは何を食べて育つかというと、メロウドという魚です。メロウドはオキアミを食べ、オキアミは、植物プランクトンを食べて育ちます。その植物プランクトンは森から川によって運ばれてくる腐葉土に含まれる養分で育つのです。しかも、1キロのカレイは10キロのメロウドを食べ、10キロのメロウドは100キロのオキアミが必要で、100キロのオキアミは1トンの植物プランクトンが必要なのです。

 つまり、なぜ仙台に笹かまぼこか、という問いには、この食物連鎖のことまで説明できなければいけないのです。

 とくに、川が海に流れ込み、淡水と海水が混じり合う汽水域は、植物プランクトンが豊富で、植物プランクトンをエサとする牡蠣(かき)やアワビなど2枚貝も育ちます。私が牡蠣を養殖している気仙沼湾のあるリアス式海岸も、もともと川が深く削った谷底に、海水が後から流れ込んでできた地形であり、その湾にも川が何本も流れ込み、汽水域となっています。

 これに比べ、桜島の噴火でできた鹿児島の錦江湾には、川が流れ込んでいないので、海は青々としていますが、植物プランクトンが少なく、漁獲量も低いのです。

キーワードは鉄

 海の植物プランクトンには、森から運ばれてきた腐葉土に含まれる養分のうち、とくに何が不可欠かといえば、それは鉄だということを、北海道大学の松永勝彦先生から教えられました。

 鉄分は、硝酸塩(窒素)などの形で水中にある栄養素を、植物の細胞内に取り込めるように還元する酵素の働きを助ける役目をしており、鉄分がなければ、植物は栄養をとることができません。しかし、海にはその鉄分が極端に不足しているというのです。

 それは、46億年の地球の歴史からきています。初めは海の中にたくさんあった鉄分は、その後、海中に植物が誕生すると、その光合成によってはき出される酸素が鉄と結びつき、海中の鉄はすべてさびて、酸化鉄の粒子となって海底に沈んでしまいました。ですから、植物プランクトンが育つためには、常に川によって鉄分が海に供給され続けることが必要なのです。 さらに、海に鉄分を供給しているのは、あの中国大陸からやってくる黄砂だそうです。北半球では、北極圏の海が凍り、塩分濃度が濃くなった冷たい水が海底に沈み込むことで、地球をぐるっと1周するような大きな深層大循環が起きています。その流れが黄砂の運び込んだ鉄分をアラスカの海にまで循環させるため、北洋漁場が豊かなのです。

 一方、森から鉄分はどうやって海に運ばれてくるかといえば、それは土中にある鉄イオンが腐葉土にあるフルボ酸と結びつき、フルボ酸鉄となってやってきます。これはとても安定した結合で、水の中の酸素に触れてもさびずに海まで流れてきて、そのまま植物プランクトンの細胞内に取り込まれていきます。

 つまり、「森は海の恋人」のキーワードは鉄なのです。

温暖化はこわくない

 今、地球温暖化で大変なことになる、とあおる本はたくさん出ていますが、こうすれば地球温暖化は防げる、ということについて書かれたものはあまりありません。しかも、石油の使用量を削減しようと、植物由来のエタノールが注目されていますが、熱帯雨林がどんどん伐採され、エタノール用のトウモロコシ畑に変わっているといった本末転倒なことまでおきています。

 実は、海草からもエタノールがとれるのです。しかも松永先生の試算では、北海道の面積の半分で昆布を養殖したら、日本が排出する二酸化炭素をすべて固定化できるということです。

 日本の海岸線は、アメリカと中国の海岸線をあわせたものを上回るくらいあるので、そこですべて昆布など海草を育て、海に森を作れば、つまり「森は海の恋人」運動は、海の幸を豊かにするだけでなく、エネルギー問題も温暖化問題も解決していく道にもなるのです。

 実は、『温暖化はこわくない』、そういう題名の本を、洞爺湖サミットまでに出版する予定です。

「森は海の恋人」運動20年ー世界へ発信

 漁師が山に木を植えるという「森は海の恋人」運動を始めて今年でちょうど20年になります。この運動を続けてきたことで、確実に気仙沼湾はきれいになっています。

 海や川がきれいになったというときの指標動物にウナギがいるのですが、昨年、気仙沼湾に注ぎ込む大川に仕掛けておいた網に、大きなウナギが2匹も入っているのを発見しました。

 子どものころはたくさんいたウナギがいつの間にか全く姿を消していたので、これを見つけたときは、飛び上がるほどうれしかったです。周りの漁師にも聞いてみたところ、やはり、最近ウナギがかかるようになってきた、と言っていましたので、確実に川がきれいになってきたということです。あまりのうれしさに、今年の年賀状には「我、幻の魚見たり」と書きました。

 山に木を植える運動を始めたのは、単に海が豊かになればいいということではなく、川の流域にすむ人々も、海まで視野に入れて考えてもらえないか、との思いからでした。川の流域にある学校に声をかけ、子どもたちの体験学習を始めて20年がたちます。これまで1万人の子どもたちが参加し、その子どもたちが大人になってきています。

 ある女の子は、これ以上川や海を汚さないために、シャンプーの使用量を半分にしたといい、ある農家の子どもは、「ほんの少しでいいから、農薬の量を減らして」と、お父さんに頼んだ、などといった声が聞こえてきます。

 そういったことを繰り返す中で、子どもから親へ、親から行政へとこの思いが伝わり、川の上流の村でも、海のことを考えて生活するようになってきました。

 日本の川は必ず海につながっており、そういった目線ですべてが見直されていくなら、温暖化はこわくない。そのことを日本から世界に発信していきたいと思っています。

畠山 重篤氏

三陸リアス式海岸が広がる宮城県気仙沼市唐桑町で牡蠣・ホタテの養殖を営む。森、川、海の関係に目を向け、89年に「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げる。「森は海の恋人」を合言葉に気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山に広葉樹の植林運動を始める。著書に、『森は海の恋人』(文春文庫)など多数。

 全研終了後行われたオプショナルツアー2日目は、記念講演講師・畠山重篤氏の案内で、気仙沼湾をクルーズしながら同氏の経営する(有)水山養殖場を訪問しました。

 畠山氏は、京都大学でも教鞭を執っており、その講義はいつも超満員とのこと。講義では、専門分野ごとにたて割りの思考となりがちな風潮に対して、畠山氏は、森と里、海をつなげて考える「森・里・海の連関学」の重要性を強調しているとのことでした。

 約一時間の船旅は、畠山氏を報告者とした特別分科会といったおもむきとなり、水山養殖場では、とれたての牡蠣(かき)を満喫しました。

 参加者は、前日の記念講演に加え、現場で見て、さわって、食べての体感ができ、「参加できてラッキー」との声があちこちで聞かれました。

「中小企業家しんぶん」 2008年 3月 25日号より