新味に欠ける労働生産性向上論

『2008年版中小企業白書』を読んで

 今回の中小企業白書(以下、白書)のキーワードは労働生産性(付加価値額を投入した労働力と労働時間で割った値)ですが、白書を読むうちに、労働生産性向上という「国策」に無理に中小企業の課題を収斂(しゅうれん)させようとしていないかという疑問がわいてきました。

 第1は、これまでの白書(例えば、2003、04、05年版)では、労働生産性よりも全要素生産性(生産のうち、労働、資本など生産要素の増加で説明できない部分がどの程度あるかを計測したもので、技術進歩の進歩率を示すもの)に焦点を当てており、その成長率の平均値は大企業より中小企業の方が大きく、技術進歩や効率性向上の効果の面で経済成長率へ寄与していることを強調してきたことと、今回の中小企業の労働生産性の低い問題性がどのように整理されるのか、よくわからないことです。

 第2に、大企業と中小企業の労働生産性の相違は、資本装備率(労働投入量に対する資本ストックの比)の水準の高低で説明できるとしていますが、過大な機械装備、設備投資で体力をすり減らす問題をどう理解するかという問題があります。機械設備・システムの投資は、寡占価格等により割高な経営資源の投入となる場合があり、その費用・便益の検討にまで切り込むことが白書の課題でしょう。

 第3に、中小企業の海外展開は付加価値額の増大により労働生産性の向上を実現している場合が多いと結論していますが、撤退のリスクには触れていません。経済産業省の『グローバル経済戦略』は、「海外展開した中小企業のうち、1990年代後半から現地法人の移転・撤退が急増しており、2000年に入ってからさらにこの傾向が加速化している」「グローバル展開を図った中小企業の趨勢(すうせい)は二極化の様相を呈している」と海外展開のリスクについて的確な指摘をしています。

 第4に、日本の中小企業の「低生産性」が、下請問題や不公正取引問題など取引構造に起因している面があることにも論及していません。下請企業などが頑張って生産性の向上に励んでも、それは納品単価の切り下げで相殺され、中小企業の生産性は低いままに押し込められてきた面があります。

 一般に、生産性というと生産効率・能率性が思い浮かびますが、努力や工夫によって生産・サービス供給能力を高めても、それが売れなかったり、市場価値が落ちれば、付加価値は増えず労働生産性は上がりません。要するに、労働生産性を上げろというのは、労働力当たりの稼ぎ(売上粗利)をあげろということで、それが簡単にできるのなら誰も苦労はしません。

 もちろん、付加価値率や1人当たりの売上高の向上は重要な経営のテーマです。私たちは、労働生産性の計算式から導き出される「当たり前の結論」で叱咤激励されることではなく、中小企業が直面している現実の困難や課題を克服する鋭い視点や分析を白書に期待しているのです。

 なお、今回の白書では、実名の35社の企業事例中、会員企業が5社紹介されています。

(U)

「中小企業家しんぶん」 2008年 5月 15日号より