道州制と地方自治をどう考えるか 京都大学大学院教授 岡田 知弘氏

地域のことは住民自身が意思決定できる地域住民主権の発揮で

 3月に開かれた中同協政策委員会での政策研究会では、岡田知弘氏(京都大学大学院教授)が「道州制と地方自治をどう考えるか」と題して講演しました。報告の概要を紹介します。

道州制導入をめぐる議論と歴史的な経緯

 今年3月には、自民党道州制推進本部や日本経団連、政府・道州制ビジョン懇談会などが相次いで報告・提言が出されるなど道州制導入をめぐる議論が本格化しています。

 道州制に関する議論は昔からありました。1927年(昭和2年)の田中義1内閣のときに州庁設置構想がありましたが、提案だけで終わります。戦後は1957年に地方制度調査会答申で、府県を廃止して官選の地方長を置く道州制を提起します。これは戦前の体制と同じだということで大変な反発を招き、流れてしまいます。1965年の地方制度調査会では府県合併に関する答申が出され、法律もできますが、うまくいかずに廃案になります。その後しばらくは、府県制度は合理的な単位であり、存置する形で地方自治の拡充をはかるべきだという議論が続きます。

 ところが、1989年に臨時行革審第2次答申で都道府県制に代わるべき広域的な地域行政主体をつくるべきだという提案がされ、1993年の臨時行革審第3次答申では、道州制の意義などについて検討を行う必要があるとしました。その後は地方制度調査会で議論が続けられ、安倍政権で初めて政権公約に道州制が掲げられました。現在では冒頭で紹介したような道州制導入の活発な議論が政府及び与党の中で繰り広げられているわけです。

 道州制導入の理念や目的はどこにあるのでしょうか。

 冒頭の自民党の報告書では、「日本再生のためには中央政府・地方政府の責任の明確化と地域の経済力の強化が必要」であり、「これを実行しなければ、…国際競争に勝ち抜けない」とし、「道州制で達成すべき目的は、(1)東京一極集中を是正し、地方に多様で活力ある経済圏を創出、(2)中央集権体制を一新し、基礎自治体中心の地方分権体制へ移行、(3)国家戦略、危機管理に強い中央政府と、国際競争力を持つ地域経営主体としての道州政府を創出、(4)国・地方の政府の徹底的な効率化」にあるとしています。

 ここでは、国際競争が強調され、中央集権体制の打破が言われています。それだけだったら現状の都道府県制をしっかり活用すればできると思いますが、なぜ都道府県制がだめで、道州制導入が必要なのかがはっきりしません。

地域主権と言うけれど―道州制論の何が問題か

 道州制論は昨年の参院選後、改憲を前提とした国家主義的な道州制論から、連邦制に近い「地域主権型道州制」論に変わってきたと私は考えます。地域間格差の拡大や地方の疲弊、改憲への国民的な警戒感に配慮してのことと思われます。

 では、その中身は本当に地域主権と呼べるようなものでしょうか。まず、国、道州、基礎自治体の3つのレベルの役割分担を明確にするとします。

 ここでは、地域主権と言いながら道州、地域で決定できる権限を限定して分配する方向であり、現行憲法の国と地方自治体の水平的関係から後退しています。

 行政組織の面では、国の地方支分局を道州制政府の母体にするとともに、都府県は壊し、その仕事と職員を30万人規模の基礎自治体に移管することになります。そこでは、完全2層制(道州と基礎自治体)へのこだわりがあり、かなり強引な制度論になっています。人口5000万人超の先進国で完全2層制を単純に敷く国はありません。みんな多層制なのです。例えば、アメリカでは5層構造になっています。

 さらに、30万人規模の基礎自治体をつくる必要があり、更なる市町村合併の促進が掲げられています。

 自民党案では、700から1000自治体、政府案では300の自治体に集約することを想定しています。それでも残る小規模自治体は行政権限を取り上げ、道州制政府の内部団体化するという議論がされていますから、地域主権と言いながらかなり強圧的です。

 また、議会と長も問題です。現行憲法を前提に直接選挙で住民が選出するとしていますが、議会は定員100名程度としていますので、地域の代表が1人もいないところが過疎地から広がっていくでしょう。住民からの政治的距離が遠隔化し、住民自治の空洞化が大きな問題になります。

道州制移行で地域は活性化するのか

 道州制で本当に地域は活性化するのでしょうか。まず、州財政の規模は確実に大きくなるので、1件あたりの事業費は拡大し、放置すれば、大企業やゼネコンのビジネスの草刈り場になる可能性があります。しかも、どこに投資が行われるでしょうか。私は、広大な州内で、投資の「選択と集中」が行われ、州内格差が拡大していくものと見ています。

 たとえば、「東北州」では仙台市が州都になると言われていますが、今でも山形方面などから高速バスで買い物客が詰めかけています。東北6県の仙台以外の県庁がなくなった場合どういうことが起きるでしょうか。周辺地域における地域内再投資力が喪失し、人が住めなくなるところが広がることが懸念されます。最大の地域の核である県庁がなくなるマイナスの波及効果は大きいものがあります。しかも、仙台では支店経済が進み、東京本社企業が利益を確保して東京に所得移転するため、地域内で自立的な再投資の核が形成されるか疑問が残ります。

一人ひとりが輝く安全・安心な地域の再生と自治を

 では、このような問題を起こさずに地方自治体を発展させるにはどうするのか。国民一人ひとりが幸せに生きていくことができるか、一人ひとりが輝くことができるかに最大の目的を置くべきだと私は考えています。一部の人々や企業、地域が潤えばいいということでは、今の地域経済の疲弊や地球環境問題の中で生きていくことはできません。

 一人ひとりの人間らしい暮らしを第1にした地域づくりをするためには、小規模自治体の方が住民の生活を向上させる総合的な施策が組みやすいことです。地域のことは住民自身が意思決定できる地域住民主権を発揮することが大切です。

 たとえば、長野県栄村の例があります。ここでは、2600人の村で160人程の村民がヘルパー資格を取って、「下駄履きヘルパー制度」を行っています。村民が仕事の行き帰りにヘルパーになるのですが、社会福祉協議会の非常勤職員としてやりますので、現金収入機会にもなります。しかも、雪かきもしますので、雪対策にもなる。その結果が、1人当たりの老人医療費に現われています。

 長野県は戦後、在宅医療、在宅介護サービスを充実させ、全国で一番に老人医療費が低いことで有名です。栄村は、長野県で上から数えて5番目に高齢化率の高い自治体ですが、老人医療費は県平均を下回っています。しかも、介護保険料と国民健康保険料は県内で一番安い。みんな元気なのです。

 栄村の例は、小さなところから、しっかりと地域社会をつくっていくことで、公的な支出も少なくて済むモデルを提供しています。

多層的な地方自治制度を

 また、日本のように地域間格差が激しい国では、EU諸国のように多層的な地方自治制度の方が適合的であることです。例えば、フランスでは人口1000人に満たない基礎自治体が全体の8割を占めます。単独で賄えない行政サービスは広域組合を作ったり、県や州が担当するという下からの補完性原理で行います。

 日本で考えれば、都道府県は明治時代以来の歴史と自然条件に裏打ちされたものであり、その役割を引き出すことの方が効果的です。都府県を超える広域の機能や行政サービスが必要であれば、道州が担うようにする、基礎自治体―都府県―道州という多層的な自治制度は歓迎です。都府県をなくしてしまうような道州制はやるべきでないと思います。

 同友会の皆さんは中小企業振興基本条例に取り組み、各地域の個性に合わせた形で施策を企画・立案・実行することが重要だと考えていると思いますが、道州制でも共通したことが言えます。地域経済・社会の中心的担い手である中小企業の皆さんが道州制の問題でも社会的発言をする時期ではないかと思います。おそらく今後、10年、20年先の皆さんの経営や地域の将来を大きく左右することになるでしょう。

「中小企業家しんぶん」 2008年 5月 15日号より