【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】人への思いを込めた経営 (後編) (株)佐藤製作所 常務取締役 佐藤 修哉氏(東京)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)佐藤製作所(佐藤修哉常務取締役、東京同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

新卒採用

 社員の高齢化とひどい人間関係に直面した佐藤修哉氏が行ったのが、佐藤製作所ではやったことのない新卒採用でした。有料求人サイトは使うつもりはありませんでした。赤字でその費用はないし、サイト上での競争になったら、赤字で3Kの同社が勝てるわけはなかったからです。入社早々、工業系の高専に出向き、インターンシップを募集しました。アピールのポイントは、行う企業が少なくなっていたロウ付けに置きました。何人かが興味を持ち、応募があり、2015年、新卒第1号となる都立高専卒の女性1名の入社につながりました。インターンシップは成果をあげ、学校へのそのほかの求人努力と相まって新卒応募者数が増加しました。佐藤氏のブログ「三代目日記」によると「選考が追い付かないレベルで応募者があり、正直に言って選考するのが心苦しい。会社の規模感に対して予想の数十倍の応募が集まっている」とされています。結果、15~23年の間に新卒採用者は10人に達しました。

女性採用

 新卒採用者10名のうち6名が女性であることが注目されます。女性採用は女性の活躍を期待した、意図したものです。工業系の高専にも女性はおり、同社の売りであるロウ付けに興味を持つ女性は必ずいると考えました。これらの期待は当たり、女性が入社し活躍してくれました。広報誌「銀ロウたより」の製作、発行による新規顧客獲得、既存顧客との親密な関係構築、「銀ロウ付け体験教室」の企画出しとロウ付け技術講師、インターンシップの教育内容の企画、実施など種々の業務で活躍しています。社内が明るくなり、コミュニケーションが増え、皆がサポートし合う文化がつくられたことも女性の貢献です。同社は、令和3年度東京都女性活躍推進大賞を受賞しました。

変わったベテラン社員

 社内ではベテランから、新卒が来るわけがない、来てもやめる、女性に作業させるなんてふざけるな、という強い反発がありました。しかし、新卒者・女性の活躍を見て、ベテランが変わり始めました。頼まれたわけでもないのに技術指導をする場を設け始めました。ベテランに笑顔も戻り、誰とも話さなかった人が、別人かと思うくらいにみんなと話をするようになりました。ベテランが変わったのは、失われていた労働の誇りを取り戻したからでしょう。若手が自分と同じ仕事に興味を持ち、技術を習得しようとしている。その現実がベテランに自分の労働の価値を再認識させたのに違いありません。社内の雰囲気はすっかり変わり、社員同士で食事に行くなど、かつての佐藤製作所では考えられないことが行われるようになりました。

自律性の尊重

 採用した新卒者の離職は出産を機に退職した1名を除けばゼロです。残業ゼロなど働きやすい環境のほか、人としての自律性を尊重するマネジメントが大きな理由となっています。佐藤製作所では毎週月曜日の午前中に全社員が参加する「全体会議」を行っています。社内で起きたあらゆる問題を全員で共有するなど、情報共有が目的です。始めて5年になります。人は情報を共有すれば、自分で考え自分で行動できます。ある時の「全体会議」で若手の女性社員が、自分が直接関わる案件ではない問題について、自ら手を挙げ、再発防止策を提案しました。その提案内容が素晴らしく、皆で同意し、再発防止策として決定しました。女性社員は指示されて課題を解決したのではなく、自分の問題として自らの意思で課題への対応を考えたのです。そのほかにも、若手の自律性に満ちた行動が現れています。人は生得的に自分が自分の主人でありたいという自律性への欲求を持っています。それが満たされる「働きがい」のある職場は人を引き付けるのです。だから、佐藤氏は、若手からの提案には基本的に「GO」を出すことにしています。

 人が人との関係性を求めるのも生得的欲求です。よき関係性には各人が自律的で、真の自分に基づき行動していることが不可欠です。佐藤製作所の人間関係の改善も、自律性尊重のマネジメントが寄与しているに違いありません。

人への強い思い、課題

 佐藤氏が社内での強い反発がありながら、新卒・女性の採用を遂行できたのは、それが単なる経営戦略ではなく、人生観に基づくからだと思われます。佐藤氏は「僕の喜びはよい人間関係をつくるたびに生まれる」と言います。入社のころのつらい人間関係が原体験となっています。佐藤氏にとって経営は皆がよき人生を送るための仲間づくりです。人への思いの強い経営です。

 佐藤製作所にはまだ成文化された経営理念や体系化された経営計画が見られません。小さな企業ですから、佐藤氏の言動から社内に経営理念が伝わっていると考えられます。しかし、従業員が増えていくと、理念や計画の「見える化」が必要となるでしょう。各種経営管理の制度化も緒についたばかりのようです。今後は社員の自律的な活動が制度の構築に向けられることになると思われます。

会社概要

設立:1958年12月17日
従業員数:18名
事業内容:銀ロウ付け、はんだ付けによる接合技術を軸とした真鍮・銅・アルミ・ステンレス・チタンなどの金属の加工
URL:https://sato-ss.co.jp/
東京同友会第1回人を生かす経営 奨励賞受賞企業

「中小企業家しんぶん」 2023年 4月 15日号より