【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】理念経営で社員を経営の主体に(前編)(株)応用ソフト開発 代表取締役会長 鈴木 克彦氏(神奈川)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)応用ソフト開発(鈴木 克彦代表取締役会長、神奈川同友会会員)の取り組み(前編)を紹介します。

2つの柱

 (株)応用ソフト開発の事業の柱の1つは、医薬情報システム開発で、製薬会社から受託し、新薬の治験に関するデータ管理、薬の有効性・安全性に関するデータ集計・統計解析などを行っています。医薬品の中でも、患者数が少なく治療法も確立されていない希少疾病用の医薬品に特化しています。希少疾病用医薬品の開発は採算をとりにくいという問題がありますが、個々の命の重さを考えれば開発は必須で、国はほかの薬に優先する承認審査、助成金などで開発を支援しています。同社は、人命のため誰かがやらなくてはならない薬品開発の一端を担っていると自負しています。

 もう1つの柱は電力情報システム開発で、電力会社から受託し、発電から受電までの電力系統安定化のため、電力の潮流や各部の電圧を計算するプログラムの開発などを行っています。これにより停電の防止と必要な時・場所に電力を安定供給できます。

 医薬品メーカー、電力会社は技術漏洩を警戒し、複数社と取引しているシステム開発企業には開発を委託したがらないため、ともに取引先は1社です。顧客から年間の委託計画が提示され、それを基に人員の月別配置計画を決め、月ごとの費用を見積もります。価格決定は顧客に主導されますが、相見積もりではないので厳しい価格競争には陥っていません。受注、収益は安定していますが、特定企業にのみ依存していると企業としての発展は限られます。そこで新分野開拓に乗り出しました。

新分野開拓

 コロナ禍で新たな事業の可能性が現れました。その1つがセンシング技術の分野で、小型コンピュータにプログラムを入れセンサーとつないで各種の機能を実現させるもので、例えばコロナ禍対策として、人との距離を測って体温を検知し、登録済みの顔の画像と照らし、OKならば、モーターを動かして自動的にドアが開く、などです。小型装置なのでいろいろなところに設置でき、営業で困りごとを聞き出し、用途に合わせて開発します。

 また、電力情報分野でも、電力小売自由化で生まれたPPS(「新電力」)向け需給管理システムの開発に進出しました。電気は常に需要と供給が一致してなくてはならず(「同時同量」)、需給バランスが崩れると停電につながります。この「同時同量」を達成するのが需給管理システムです。顧客となっている「新電力」はまだ1社ですが、電力小売り自由化を支える「新電力」向けの仕事は避けて通れないと考えています。

 大体の売り上げ構成は、電力情報システム開発が5割、医薬情報システムが4割、センシング技術分野が1割です。従来からの電力、医薬品分野を経営の安定基盤とし、センシング技術、PPS向け事業で新規顧客を開拓し、独立度の高い発展をめざす戦略です。

 コロナ禍中の2021年2月期の売り上げは1億円を少し超える程度でした。医薬関係で営業担当者が出入り禁止になるなど、医薬分野の売り上げが減りました。しかし、22年は1億2000万円、23年は1億4000万円と新分野進出の効果もあって年商は上向いています。このような成果の背後には当社が掲げる理念経営と社員の主体性、成長を重視するマネジメントがあります。

経営理念の作成

 昨年度まで社長であった鈴木克彦代表取締役(以下鈴木氏)は、東芝で電力会社の電力潮流解析プログラムを開発していましたが、企業経営に興味があり、東芝の仕事もやっていた当社の先代社長に頼んで30歳で入社、40歳で社長に就任しました(2007年)。ある時から売り上げが低迷した上、3名の社員が「うつ」になりました。会社がつぶれるのではと不安になり、神奈川同友会に入会(2011年)、経営指針作成部会に入りました(2014年)。経営理念は作成していたので、実践の仕方を学べばよいと思っていましたが、何のために経営しているかと問われたときに答えることができませんでした。社員という「人」に関する考え方が抜けているためです。そこで、「企業目的」として、「すべての生命を希望で照らし信頼の絆づくりに貢献します」という顧客への貢献の誓いとともに「輝く自分を追い求めて幸福と喜びを感じる瞬間を共有します」という社員の喜び追及の誓いを入れた経営理念を作成しました。

 しかし、鈴木氏によると、2015年3月に行った経営理念を含む経営指針発表会では社員との一体感はまるでなく、指針発表会という余計な仕事がこれから毎年続くのかという雰囲気でした。3年間は笛吹けど踊らず状態で、経営指針を1人、実践する日々が続きましたが、社長の行動を通じて理念は少しずつ浸透していきました。鈴木氏はその証拠として「理念だけではメシは食えない!」として、社員3人が辞めたことをあげます。理念の浸透とともに受け入れる者とそうでない者へ社員が分かれたのです。これは同友会の先輩にも言われていたことで覚悟の上でした。この社員の分断は、新卒社員の増加で修復されていきます。

(後編につづく)

会社概要

設立:1984年3月12日
資本金:1,650万円
事業内容:医薬システム開発、電力システム開発、ビジネス情報システム開発、官公庁向けシステム開発
URL:https://www.appsoft.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2023年 5月 5日号より