【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】
理念経営で社員を経営の主体に(後編)
(株)応用ソフト開発 代表取締役会長 鈴木 克彦氏(神奈川)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)応用ソフト開発(鈴木 克彦代表取締役会長、神奈川同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

新卒採用

 前編では経営理念の浸透とともに理念経営を受け入れられない人たちが退職したと述べました。この社員の分断は新卒社員の増加で修復されていきました。中途採用では能力のある人材の獲得は難しく、社員から、新卒を採用しゼロから教育しようという声が上がりました。そこで鈴木氏は、同友会の共同求人に参加、経営指針をベースにした企業説明会を行うことで、就活生の心をつかむのに成功、参加初年の2017年に新卒2名を獲得しました。

 どのようなことを行ったのか。理念にある「輝く自分を追い求める」とはどういうことだと思うと聞きます。これは社員のことを言っており、自分が幸せにならない限り顧客を幸せにすることはできない、だからうちはこの理念を掲げていると説明します。「すべての生命を希望で照らす」とは顧客のことで、医薬情報システムの開発は収益の上がらない希少疾病用医薬品を対象にしているが、命に軽重、大小はある? そんなことはないよね、だからうちはその仕事をしている、と話します。社会的価値追求の姿勢が学生の心をつかんでいます。17年以降毎年新卒者が入社し、やめた人はいないため、現在、社員の7割程度が新卒者、社員の平均年齢は33歳です。新卒入社者は皆経営理念に共感した人達ですから、理念が会社全体にいきわたりました。

全員参加による経営指針作成

 これとともに、鈴木氏が1人で経営指針を実践するような当初の状態に変化が現れ、3月の経営指針発表会の時期が近づくと社員全員参加による経営指針作成部会が設置され、週2回程度作成作業を進めるようになりました。

 23年度の指針書には、まず業務上の変更事項、例えば、組織改革、社員教育プログラムの改定、社労士の変更などの議案の審議結果、プロジェクト(後述)、委員会別に前期実施したことと課題、翌期の方針と年間事業計画、売上等の達成目標・達成方法などが記されています。また、指針書作成の一環として、就業規則、賃金規定等を見直し、社員自ら必要な働き方を選び、制度を導入することも行っています。この点が評価され、東京都の2022年度の「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」に選ばれました。

 ある社員は次のように発言しています(フェイスブック)。「2021年の11月から2022年の3月上旬にわたって経営指針作成部会を行い、1年間実施する事業戦略や社内議案等を作成し、皆で議論するところまで行いました。入社する時、経営指針、事業計画、プロジェクトの目標等の説明をいただきましたが、どういう意味か理解していなかったです。経営指針の作成部会に参加し、指針の意味、プロジェクトの目標の達成まで見えるようになりました」。社員が指針書を自ら作成し、自分のものとしていることがよくわかります。

人材教育

 新卒者の採用、社員による指針書作成により会社全体が人材教育の重要性を認識し、人材教育が当社の何よりもの優先事項になりました。社員教育は教育委員会が作成する「社員教育支援プログラム」に沿って行われます。新入社員には理念経営、業務基礎知識に関する1カ月の入社時研修、3カ月のSEプログラマー技術研修などがあります。2年目以上の社員や幹部社員用の研修も用意されています。その中には営業を停止して行う全社員合同社内研修(1日)もあります。これに参加した社員の声(フェイスブック)を紹介します。

 「先日、年に1度行われる社内研修に参加しました!/今年度は3年後のビジョンに向けた計画を作成しました。1日を使って、当社が大事にしている『人間性』『社会性』『科学性』を基に、細かく社内の現状分析と3年後に向けた必要なアクションの洗い出しなど、会社の未来を見据えた話し合いができたと思います。/社歴等関係なしに各々の考えや思ったことを共有し、さまざまな視点から物事を考えることができました。『楽しかった!』『いい経験になった!』と思えるほど素晴らしい研修でした!」。

 鈴木氏は、「社員教育はわが社の生命線であり、赤字になっても絶対やる、社員も勉強の覚悟ができている」と言います。

主体性強化とプロジェクト制

 2020年度から組織体制を変え、医薬、電力情報システム開発等は事業部でなくプロジェクトとして実施することにしました。事業を部門として固定化せず、社員がやりたいことを事業化するのが狙いです。複数のプロジェクトに参加するか、1プロジェクトに限るかは社員に任されます。必要に合わせたプロジェクトの新設、休止により、環境変化に柔軟な事業編成もできます。

 プロジェクト制は社員が目的感覚を持って自律的に行動する主体になったことの反映と考えられます。鈴木氏は23年度に社長職を筒井裕貴氏に譲りましたが、企業の新たな発展段階への到達を見極めてのことと思われます。同氏は今後の当社の課題は新事業開発と考えており、プロジェクト制がその真価をきっと発揮するでしょう。

会社概要

設立:1984年3月12日
資本金:1,650万円
事業内容:医薬システム開発、電力システム開発、ビジネス情報システム開発、官公庁向けシステム開発
URL:https://www.appsoft.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2023年 5月 15日号より