【2023年4~6月期 DOR(同友会景況調査)オプション調査-会員企業の正規従業員における今年度の賃上げの実情】
持続的な賃上げの実現で、安心して働ける環境整備を
中央大学経済学部教授 鬼丸 朋子(中同協企業環境研究センター委員)

昨今の物価の高騰を受け、2023春闘では例年になく賃上げの期待が高まりました。実際に、大企業のみならず中小企業でも近年にない高水準の賃上げが実施されています。そこで、2023年4~6月期のオプション設問で、会員企業の正規従業員における今年度の賃上げの実情を調査しました。

多くの会員企業が賃上げを決断

今回のオプション調査で、2023年度に正規従業員に対して賃上げを実施した企業は、61%にのぼりました。これに実施予定の18%を加えると、8割近くの企業が今年度に賃上げを行うことになります。

「実施した」「実施予定」の回答について業種別に見ると、建設業が81%、製造業が86%とそれぞれ8割を超えていました。それ以外の業種についても、流通・商業で73%、サービス業で77%、その他72%と、いずれも7割を上回っています。企業規模別に見ると、従業員5人未満でも「実施した」「実施予定」を合わせると41%と4割を超えていました。同様に「実施した」「実施予定」とする回答を見ると、5人以上10人未満で77%、100人以上で76%と7割台であったものの、10人以上20人未満で84%、20人以上50人未満で83%、50人以上100人未満で89%と、8割を超えていることがわかりました。

賃上げの実施と業況水準との関係を見ると、業況が「良い」と回答した企業は「賃上げを実施した」「実施予定」で94%とほとんどの企業が年度内の賃上げの実現が見込まれています。一方、業況が「やや良い」企業は「賃上げを実施した」と「実施予定」を合わせて81%、「そこそこ」だと76%、「やや悪い」だと75%、「悪い」だと73%と、業況水準が悪化するほど賃上げに踏み切りづらい傾向が見られました(図表1)が、業況水準が悪くても賃上げをした企業も少なくありませんでした。同様に今回の調査結果から、売上高や採算が振るわない場合でも賃上げを実施しています。

6割以上がベアを実施

賃上げの内容(複数回答)を見ると、定期昇給が59%、賃金水準の引き上げを伴うため企業の負担が重くなるベアの実施が63%である一方、賞与(一時金)の引き上げ(17%)、諸手当の引き上げ(17%)、新卒初任給の増額(14%)など、さまざまな側面から賃上げに取り組んでいることが明らかになりました。賃上げ額(月額)は、5000円未満が4割弱、5000円以上~1万円未満がおよそ4割、1万円以上が2割強となっています(図表2)。

また、業況水準が「良い」と回答した企業ほど高い賃上げ額を示していることがわかります。賃上げ額がばらついている原因の1つとして、原材料価格の高騰分や労務費を製品価格に転嫁できたかどうかが、賃上げ額に影響を与えた面があると考えられます(図表3)。

人材不足も賃上げ実施の要因に

「賃上げをした理由」(複数回答)を見ると、「従業員のモチベーションの維持・向上」が77%と最多でした。一方で、「物価上昇への対応(従業員の生活保障)」(65%)や「雇用維持のため」(45%)といった、防衛的な観点から賃上げに踏み切ったとする回答も多く見られました。

人手の過不足別に見た賃上げの理由を確認すると、人手が「過剰」と回答した会員企業は697社中5社に過ぎず、多くの企業で人材が適正もしくは不足している状況にありました。

また、「やや過剰」と回答した企業は、全体の割合や人材が「適正」「不足」の企業と比べると「従業員のモチベーションの維持・向上」「人材確保のため」が低くなっていました。一方、人手が「やや不足」「不足」している企業は、「人材確保のため」を賃上げの理由とする回答が「やや過剰」「適正」の場合より高くなっています(図表4)。

持続的な賃上げに向けた取り組みを

今回の調査では、原材料費の高騰や価格転嫁の難しさを抱えるケースもある中で、多くの企業が賃上げに踏み切っていたことが明らかになりました。特に、売上高や業況水準が好調な場合はもちろん、厳しい状況に置かれている場合でも、従業員の生活や雇用の維持という観点から、賃上げを実施している姿が浮かび上がってきました。

また、人材の不足感を抱える企業は、賃上げをしなければ人材確保が難しいといった現状も見られます。インフレ傾向が終息の兆しを見せない状況下において、次年度以降の賃上げへの要請は決して弱まっていません。

中小企業は地域の雇用を支える存在として大きな責務を担っており、経営の継続は大前提となります。

どのような経営環境下においても常に変革が求められる中、今回の調査において賃上げの理由として「従業員のモチベーション維持・向上」が最多となっているように、社員一人一人が安心して能力を発揮できる環境づくりへの取り組みは、ますます重要な経営課題となっています。

「中小企業家しんぶん」 2023年 9月 15日号より