【2023年7~9月期の同友会景況調査(DOR)オプション調査結果より】
DOR回答企業の「人材の状況(正規従業員)」について
慶應義塾大学経済学部教授 田中 幹大(中同協企業環境研究センター 協力委員)

深刻化する人材不足、対応に向けて同友会で交流と提言を
~地域に生きる中小企業としての社会的役割、価値を高めよう~

コロナ禍からの回復過程で労働需要が高まり、また、少子高齢化による労働人口の減少が進行していることで人材不足が叫ばれています。先日(11月5日)、「超・人手不足時代 危機を乗り越えるには」というタイトルで放送されたNHK「日曜討論」に広浜泰久・中同協会長が出演して窮状を報告したように、人材不足の状況は特に中小企業で深刻です。そうした中で、2023年7~9月期のDORオプション調査では会員企業の人材(正規従業員)状況とそれが経営にもたらす影響、また、それへの対応を調査しました(回答数818件)。以下ではその結果から特徴的な点を見ていきます。

ますます深刻化するであろう人材不足

各種調査やこれまでのDOR調査でも示されているように、建設業とサービス業で特に人材不足に悩まされていますが、今回の調査でもそのような結果となっています。「不足」「現在は適正だが将来的には不足」を合わせて建設業では8割近く、サービス業ではほぼ7割となっています。ただし、注意すべきは他の業種でも人材不足状況は深刻化するであろうということです。製造業も人材不足であることに変わりありませんが、これまでのDOR調査では建設業やサービス業と比較していくぶんかポイントが低い状況でした。しかし、「現在は適正だが将来的には不足」は製造業が最も高く38%となっています(図表1)。

では、どのくらいの人材不足なのかというと、欠員率(※)では1~4割に回答が集中していますが、業種別にみると建設業が最も不足状況にあります。企業規模別には小規模ほど欠員率が高くなる傾向にあります。特に企業規模20人未満は20人以上よりも不足度が高いです(図表2)。

不足している人材では「即戦力になる経験者」が「未経験者(経験不問)」よりも高くなるのはある意味当然ですが、特に建設業で高いのはそれだけ状況がひっ迫しているからと思われます。その他の業種では未経験者の育成の余裕が比較的あるとも考えられます。育成余裕という点では企業規模が5人未満では、その余裕がないと考えられることから「即戦力になる経験者」の割合が他の企業規模に比べて高くなっています。

負のスパイラルに発展する可能性

経営にもたらす問題では「既存事業における新規需要増に対応できない」、「従業員のモチベーション低下」、「技術・ノウハウ伝承の困難化」、「残業、休日出勤の増加」に回答が集中しています(図表3)。ここからは人材不足下で新規需要に対応するために残業、休日出勤が増加し、そのために従業員のモチベーションが低下しているというような連鎖が考えられ、その中で技術・ノウハウを伝承する余裕も人もなくなっていると考えられます。残業、休日出勤の増加と従業員のモチベーション低下は特に規模が大きい企業ほど見られます。また、従業員のモチベーション低下はさらに「商品・サービスの質の低下」にもつながると考えられ、特に流通・商業、サービス業の5人未満では顕著です。

残業、休日出勤の増加が従業員のモチベーション低下につながる構造が長く続けば、そのことが新たな採用を妨げる要因にもなるので、経営の影響では負のスパイラルになっていく可能性があります。また、「技術・ノウハウ伝承の困難化」は5~50人未満の企業規模で回答が多く、長期的にはこの層が有する技術・ノウハウの消失が懸念されます。このことが社会的にどのような意味を有するか(中小企業の社会性)について考える必要があるように思います。

企業規模が小さいほど対応は限られる

雇用面における対応策では企業規模が小さいほど対応策が限定されることがはっきりとしています(図表4左)。回答は「賃上げ」、「職場環境の改善」、「ハローワークの活用」、「人材紹介サービス・求人」の順で多いですが、ハローワークの活用を除いて、規模が大きいほど比率が上昇する傾向にあります。とりわけ賃上げは規模別の格差が明確です。賃上げは生産性向上とともに議論されることが多いですが、一方で重層的な取引構造の中で人件費を含めた諸経費の価格転嫁が厳しい現実も反映していると考えられます。賃上げに向けた経営努力はもちろんですが、賃上げのための取引環境の整備も、上記のような技術・ノウハウを含めた中小企業の社会的役割を考えたときには訴えていく必要があるでしょう。いずれにしても持続的な賃上げに向けた取り組みを叫ぶだけでは不十分のように思われます。

経営面における対策でも企業規模間格差は明瞭です(図表4右)。回答は「業務プロセスの見直しによる業務の効率化」、「人材育成、能力開発への投資」、「ITなど設備投資による生産性向上」の順で割合が高く、いずれも企業規模が大きいほど割合が高くなる傾向にあります。特に「ITなど設備投資による生産性向上」は規模間格差が顕著です。5人未満、5人以上10人未満で「様子を見る」の割合が他の企業規模に比べて高いことも、規模が小さいほど対応は限られることを示しているのではないでしょうか。

同友会活動に求められるもの

抜本的な対策が講じられない限り、人材不足の状況は、経済変動によって一時的に変化することがあっても、傾向そのものは変わらないでしょう。今後ますます深刻化することが予想されるので、人材不足への対応は各会員企業にとって優先課題となるはずです。特に調査でも示されたように規模が小さいところでは対応が限定的です。そうした中でもできることを会員相互に学び合い実践していくことが望まれます。また、同友会として中小企業の現状を把握して中小企業だからこそできることは何かを考え、その力を発揮できる社会・経済環境づくりがますます重要になっていくと考えられます。

※欠員率:適正の従業員数100%から現在の従業員数に基づく充足率を引いたもの。

「中小企業家しんぶん」 2023年 12月 5日号より