第8回経営労働問題全国交流会in山口【基調講演】
激変する中小企業の景況と外部環境~現状を的確にとらえ、未来を見据える
京都橘大学経済学部 准教授 小山 大介氏

8月31日~9月1日、第8回経営労働問題全国交流会が開催されました(9月15日号既報)。本号では、京都橘大学経済学部准教授・小山大介氏の基調講演を紹介します。

「転換点」を迎えた国内外情勢

今の国内外情勢を見ると、まさに「転換点」を迎えています。現在はコロナ禍前とはまったく違う経済に変わりました。

中小企業を取り巻く環境は複雑化しています。その要因は1つではなく、複数の課題が同時多発的に発生し、それが国内外に広がっている状態です。そして、平和が脅かされる事態となり、経済の主役である中小企業がその力量を十分に発揮できない社会になりつつあります。さらに、事業環境が複雑化する中で、サプライチェーンの末端まで注意を要する状況になっています。

これまでソ連の解体やアメリカのITバブル崩壊、リーマンショックなど多くの世界的な危機に加えて、国内でもバブル崩壊、東日本大震災などいろいろな問題がありましたが、それでも経済や社会は比較的安定していたのではないかと思います。しかし、現在は国際関係そのものが不安定になり、それに付随して経営環境や景気動向が大きく左右され、これまでと異なる状況となっています。

経営基盤を脅かす社会変化の要因として、コロナ禍、その後の物価上昇、円安の常態化と長期化、原材料高、ロシアにおけるウクライナ侵攻、米中対立と半導体不足などがあります。ただし、これまで経験してきた世界経済情勢変化とは、(1)平和が脅かされていること、(2)これまでの経済的安定が崩れているといった点が大きく異なるため、過去のような社会には戻らないと思います。長期的には社会・経済だけでなく、資本主義や現在の体制そのものが崩れて新たな時代が来るのかもしれません。

増大する不確実性の要因

現在の情勢を分析すると「不透明」の一言で表せます。国内では、プラザ合意以降、経済のグローバル化は加速しましたが、これが今岐路を迎えています。そして、われわれ中小企業や地域を取り巻く経済や社会は思った以上にグローバル化し、世界情勢の変化が中小企業の経営環境を大きく左右しています。

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は確かに大きなインパクトを与えましたが、それはきっかけに過ぎず、これまでたまっていた不満や問題が火種となり目に見える形で現れたのが、現在の経済状況です。火種は2000年代から存在し、その1つのきっかけはリーマンショックであり、さらにそれをひもとくとアメリカのITバブル崩壊後の政策が大きな起点となっています。この間に各国間の対立関係や格差拡大、世界経済の不透明感が深まり、長期的に醸成されてきました。

少子高齢化、東京一極集中、地域経済・産業の衰退、人材不足、災害の多発と大規模災害の懸念などの国内における多くの課題は、従来から存在している課題の延長線上にあるだけでなく、解決されないまま深刻化するなかで、さらに問題が上乗せされて増えています。

海外の情勢を見ると、これまで発展途上国と呼ばれていた国々は、かつては主要国の支援を必要としていましたが、現在では新興国として世界経済の中で自信をつけ、独自の外交や通商政策を展開するようになりました。結果として主要国の対立が激化し、所得格差の拡大と社会的分断、ポピュリズムの台頭、国民国家間による戦争、気候変動と自然災害の増加など、情勢悪化の要素となっています。さらに中長期的には気候変動と災害の増加といった影響が出てくると予測されます。

主要国間の対立の激化

世界情勢を見ると多くの課題が存在していますが、その中でも一番の懸念はロシアによるウクライナ侵攻です。1991年のソ連崩壊による冷戦体制の終焉(しゅうえん)によって、東欧諸国が次々とEUに加盟し、ロシアの勢力圏が後退していきました。一方、ウクライナでは親欧米派政権が成立したことにより、ロシアと欧米の勢力圏のせめぎあいが強まったという背景があります。

ヨーロッパで国民国家同士が戦争するのは、第2次世界大戦後初のことで、緊張が極限に達しました。危機感を持ったEU、ドイツ、バルト3国、ポーランド、そしてアメリカなどの周辺国や主要国がウクライナ支援として武器を供与しました。ロシアも対抗して各国から武器を購入し、その結果、ウクライナは近代兵器の見本市のような状況となってしまいました。

一方、長期化する米中対立と東アジア情勢の緊迫化も大きな問題となっています。中国は2010年に日本のGDPを上回り、今ではアメリカに次ぐ世界第2位のGDPを誇るなど、経済・政治・軍事において世界的に大きな影響力を有するようになったことで、アジア・太平洋地域の権益をめぐって米中対立が先鋭化しています。

アメリカのトランプ政権が中国に25%の制裁関税を課して以来、現在も継続されています。さらに超高性能半導体の輸出制限を加え、中国を含めたグローバルなサプライチェーンが動揺しました。日本企業は中国に莫大(ばくだい)な権益を持っていますから、この影響は日本を直撃し、直接的に巻き込まれてしまいました。その結果、コロナ禍も重なりマスク不足、パソコンの部品不足などが起こり、国民生活がいっぺんに危機にひんしました。

ロシアによるウクライナ侵攻や中国の台頭もあって、日米欧では防衛費を上げるべきという論調が強まり、世界的に平和が脅かされる事態となっています。防衛費は人件費と武器購入費で構成され、かつ生産活動には使われない消費財です。防衛費を上げることは長期的にみても付加価値は生まれません。この点で、経済にとっては購買力の低下を招くなど、大きな打撃となります。国内外情勢は、このような「戦時体制」の様相を呈しており、平和が脅かされ、事態は泥沼化しています。

経済・社会活動のあり方の変化による影響

2021年以降、経済活動が活発化し世界的な物価上昇局面が今もなお続いています。この急激な物価高は、ポスト・コロナで経済が急激に回復した影響で物資不足になったことも1つの原因ですが、IoTやリモートワーク、シェアリングエコノミーが一般的になり、これまでの経済・社会活動のあり方が変わったことが大きな要因です。リモートワーク、ギグワークの推進などから人材が労働市場に戻っておらず、物資不足と人材不足が一気に発生しました。そのため、物価が上昇するという事態に陥ったわけです。アメリカの消費者物価と生産価格物価の推移をみると、特に2020年半ばから22年前半に至るまで非常に高い状態となっており、これは1980年と同様に、年率でおおよそ10%のインフレが起こっていたと言えます。アメリカの特徴は生産物価が上がると消費者物価も同時に上がり、価格転嫁が瞬時に行われるという点です。これは単に資財が上がったわけではなく、人材不足なので賃金も上がっており、23年5月のアメリカの平均時給は33・45ドルで、日本円では4883円(1ドル=約146円)です。若年層の働き方が変化し、人材不足が深刻化して、労働市場に労働者が戻っていないという事態が起こっています。

これに対して中国は、若年層の失業率が高まっており、15~24歳までの失業率のデータを公表することをやめました。ヨーロッパでも雇用のミスマッチからおおむねどの国でも若年層の失業率は10%以上となっています。このような社会が今世界中でまだら模様に生じており、賃金の上昇と失業が同時に起こっているのが現状です。

今、日本はようやく最低賃金が1000円に達しましたが、OECD加盟国の中では低い水準(平均以下)となっています。日本は1990年代前半の1人当たりの所得は世界最高水準でしたが、どんどん世界との差が開いていき、今、また急激に差が出ています。こういった点から、おそらく今後も輸入価格は下がらないと思います。コロナ前までは1ドル100円という居心地のよい経済状態が維持されていましたが、その時代が突然終わり、各国が金融政策で先行して利上げをした結果、急激に円安が進み、「逆プラザ合意現象」が起こってしまいました。これによって一気に物価も上がり、特に輸入物価指数が上昇しています。5月に入って輸入物価指数はかなり落ちついてきましたが、国内でも人材不足により賃金が上昇しているので、エネルギー価格の上昇と合わせて、物価は今後も上がっていくと思います。

「デフレ経済」から「インフレ経済」へ

グローバル化によって、われわれは世界中から物を調達できるようになり、それはとてもよいことでした。しかし、日本経済の後退や活力を失うことで世界経済における相対的地位が下がると、グローバル化は一気に不利益になります。今後も物価上昇はさらに続くと思われ、もはやデフレ経済には戻れないと思います。働き方改革の進展、少子高齢化や2024年問題などから今後も人材不足は深刻化・常態化し、賃上げ圧力は高まると予測されます。また、日本経済は今、世界における影響力を低下させています。さらに、海外から見た日本の経済的魅力も下がっており、これは賃上げ圧力や調達難の原因にもなっています。そして今もなお、名目賃金と実質賃金の伸びは開いたままです。賃金は直接生活賃金になるので、名目賃金と実質賃金の伸びの差をいかに縮めるかが課題です。今後この差をプラスマイナスゼロの状態にすることで少子高齢化の解消や東京一極集中の是正にもつながると思います。

各国では、景気対策として実施されていた量的緩和は金融引き締めに変わっています。そして、インフレ抑制のために政策金利を引き上げ、既にインフレ率を上回る金利水準にまで到達しています。世界は金利が復活して、貸出金利が存在する社会に戻っており、経済活動の正常化が進んでいます。海外では金融機関による貸し出し規制も厳格化しており、長短金利が上昇しています。日本においても金融政策が変わったので、長期金利は早晩2%に到達すると予想できますし、変動の固定金利も長期的に見ると上昇してくると考えられます。これからは貸出金利が存在する社会に戻り、経済活動の正常化に向かうと思われます。したがって、中小企業にも大きな影響が出てくることが容易に想像できます(図表1)。

情勢変化の要因は地域経済のグローバル化

この情勢変化の要因は、日本経済、地域経済ともにグローバル化したという点です。われわれはネット上に溢れている海外の情報に対して、地域経済や国内政治の情勢などの情報は非常に入手しにくくなっています。原材料もグローバル化して、多くのものを海外に依存する社会・経済になってしまいました。貿易統計を見ると、東日本大震災を受けて貿易収支は赤字になった後、一度黒字になりますが、現在はまた赤字に戻っています。貿易収支の赤字は購買力の直接的な流出になり、貿易収支が黒字の国はその購買力を受け取り、そのままGDPに換算されて購買力プラスに振れますが、日本はその分マイナスになるということが常態化しています。しかし、それでも調達できればよいのですが、調達できなくなることが懸念されます。

2000年代以降、日本国内で日本企業が製造し輸出する発展モデルから、日本企業が海外で製造するモデルへ転換しました。その結果、日本の大手企業も地域経済もグローバル化しました。東京に大手企業の本社や外資系企業が集中し、海外からの利益も東京に集約されていますが、地域経済への受け取りはほぼないという状態で、その利益のほとんどは海外で再投資されています。今や日本の大手企業は海外でビジネスを行い、日本国内でのビジネスを重視していません。

また、デジタル化という新しいグローバル化も起こりました。日本はPC、スマホ、IT関連についてほとんどを海外に依存しており、サービス料の支払いが拡大しています。国内で調達していないのでパンデミックや戦争が起こると調達困難になってしまいます。今後、輸入しているあらゆる商品の高騰が予想され、それでも調達できればよいのですが、現在世界経済(GDP)に占める日本の割合は6%以下となり日本の国力はかつてと比べ相対的に下がっているので、他国との競争に買い負ける恐れがあります。これが調達価格の上昇や国内物価の上昇の大きな要因になっています。地域経済のグローバル化の弊害として、国内製品から海外製品への代替による産業の空洞化や、海外製品・サービスの利用拡大による所得の流出、災害発生時の生活必需品の調達難が挙げられます。その結果、地域経済の基盤が侵食されてしまい、地域経済・社会の活力が失われてしまっています。

新しい地域経済の形を考えなければいけません(図表2)。

地域経済を見つめ直す

地域内で連携し循環を強めることで付加価値は向上し、それは雇用の増大につながります。そして、付加価値が上昇すれば所得はおのずと増加し、それが給与・利益・税収となって再投資されます。今、地域内経済循環がよりいっそう重要になっています。

大企業ではなく地域に根ざしている中小企業が連携し、情勢分析をして適切な戦略・戦術を練り、地域と関係性を深めることで、地域経済や産業は必ず私たちの力でつくることができます。中小企業振興条例、産業振興会議による地域活性化への取り組みもその一つだと思います。同友会を中心に各所で行われている中小企業振興条例運動の中で地域経済をつくる取り組みを全国に広げることで、所得が増え、若者が残る地域になると思います。

変化の激しい時代ですが「経済・社会は人が中心」ということは変わりません。世界は大きく変化していますが、自社にとって「変わるもの」と「変わらないもの」を見定め、どう対応すればよいのかを適切に判断すれば、よりよい社会や持続的な発展が見えてくると思います。今こそ、地域の経済や社会をもう一度足元から見つめ直し、地域内経済循環の拡大に取り組む時が来ています。

「中小企業家しんぶん」 2023年 12月 5日号より