1月12~13日に開催された中同協幹事会の新春講演では、京都橘大学教授の岡田知弘氏が「2024年の経済展望と中小企業・地域の課題」をテーマに講演しました。その要旨を紹介します。
情勢のとらえ方
私たちが日々目にしている情報は物事の一部に過ぎません。個別の情報が内包する一般性を複数の空間軸・時間軸から見いだし、主体的に構造の変化をつかむことが重要です。
能登半島地震を例に挙げます。能登半島は地域産業の衰退と過疎化・高齢化が進み、「平成の大合併」によって地方公務員が大幅に減少した地域です。被災地の再建に際しては、地域にある企業の圧倒的多数を占める中小企業が主な担い手となります。中長期にわたる危機と短期的な危機が交差した衝撃に対して、いかに経営と地域を持続させるかということが、どの会社・地域でも共通の課題です。いくつもの大災害に直面した同友会の経験の蓄積は大変貴重なものであり、そこから導き出される一般性は未被災地の経営者や住民、自治体関係者の教訓ともなります。
平和と持続可能な国際社会の重要性
1980年代後半以降、モノ・ヒト・カネ・情報の国際交流が、情報技術の発達とともに進化を続けています。相互依存性が高まるなか、国際情勢が日本の政治・経済・社会に直ちに影響を与える状況となっています。
このようなグローバル化は、未開地での開発を伴い、それが環境問題や新型ウイルス感染症、さらに開発に伴う貧困を生み出す原因にもなっています。また、ロシアのウクライナ侵攻に続き、昨年はイスラエルがガザを攻撃するなど、戦争の火種が拡大しつつあり、エネルギー市場も混乱しています。
中小企業の発展は平和があって初めて実現できます。従業員の人格尊重を図るために「平和国家」をつくる主体としての中小企業者の役割を自覚しなければなりません。グローバル化と大災害の時代だからこそ、地域からものをみることが重要です。
「新しい資本主義」論
岸田首相の「施政方針演説」(23年1月23日)で、「新しい資本主義」のトップに来たのは、経済安全保障(重要物資や重要技術を守り、強靭(きょうじん)なサプライチェーンを維持する経済モデル)です。安倍政権以来の日米同盟を大前提にした軍事的安全保障体制の強化の一環として経済分野を包摂する動きが進む中、狭義の防衛産業だけでなく、情報系企業、コンサル系企業も利害を共有するようになっており、中小企業も決して無関係ではありません。
重点産業で一番重視されているのは半導体で、多額の国費が投入されています。しかし、短期的なサイクルで動く半導体産業が地域経済にもたらす効果は低いと考えられます。というのも、80年代にもてはやされたテクノポリスは、企業の撤退や東京都内への所得移転により、地元経済への波及効果が薄いことを実証しているからです。
自前で力を持っている多国籍企業を兆円規模で優遇するのではなく、地域に固着し地域社会を維持する最大の経済主体である中小企業に対して支援策をとるよう、声を上げ続ける必要があります。
足元の現実を正視する
「アベノミクス」の継続で日本経済はどう変化したのかを見てみます(図1)。通貨供給量は著増し、国債残高も増えましたが、円安で企業物価は急騰。この間に増加したのは、株価指数、大企業の純利益および内部留保で、人件費は大企業、全法人でわずかに増加しましたが、物価指数を大幅に下回っています。ドルベース名目GDPは大幅にマイナスで、昨年来の円安・輸入物価高によって実質賃金はマイナスを記録し続けています(図2)。実質賃金の低下は中小企業の価格転嫁ができていないことの反映でもあると考えられます。
また、2015年以来の地方創生政策の結果が失敗であったことは、2020年の国勢調査でほぼ明らかになっています。合計特殊出生率は対前年比マイナスを続けており、一番人口が増えたのは東京です。「選択と集中」の地方創生政策はかえって状況を悪化させているのです。
さらに、コロナ禍の4年でいわゆる「息切れ」倒産が累増。完全失業者数や過少所得雇用者も増加しており、とりわけ非正規雇用・女性の生活困窮が深刻です。
こうした「格差と貧困」が広がっている背景には、大企業偏重の不公平な税制度・社会保障分野における公的責任の後退と国民負担の増大があります。
改革の方向性とその実現可能性
2018年度の日商・東商による「最低賃金引上げの影響に関する調査」では、中小企業経営者が必要と考える支援策は「税・社会保障負担の軽減」が65・2%と群を抜いています。社会保険料は、大企業や富裕者をターゲットに累進化するとともに、給付金を引上げるべきです。
また、法人税の累進課税強化や企業の内部留保増加分への課税と優遇廃止を行うことで、全国一律最低賃金制度の導入と最賃の引き上げの原資を確保することができます。
賃金が上昇することにより、家計消費支出が増加し、国内生産が誘発され、税収・雇用増加につながります。最賃を1500円に引き上げると、粗付加価値が10・5兆円増加する計算です(2015年産業連関表ベース)。
中小企業の個性を生かした地域経済社会
地域経済の発展ひいては日本経済の再生のためには、「地域内再投資力」の量的・質的形成が決定的に重要です。地域内にある経済主体が、地域に再投資を繰り返すことで、そこに仕事と所得が生まれ、生活が維持、拡大されます。その再投資規模(量)、個性的な産業・企業や地域景観づくり(質)を高めるために、中小企業振興基本条例を具体化・実質化していかなければなりません。
私は京都府与謝野町の条例制定に関わりました。10年6期にわたって産業振興会議を開催し、期ごとに答申をまとめ、実践してきました。会議の会長はほぼ同友会会員が務め、コロナ禍でも毎月対面で会議を行いました。実践の一環として、大学と連携して、企業および消費者へのアンケートを中心に地域経済分析調査を実施し、町の年金規模を把握。調査結果を条例改正や具体的施策の立案資料として活用するなど、条例を最大限に生かした形で活動を行っています。
地域経済・社会の持続性を実現できるのは当該地域の中小企業経営者です。社会貢献、社員との「共育」を重んじる同友会の理念に共鳴できる中小企業経営者・経営が地域で増えれば増えるほど、「いい社会」に近づくことができます。地域の足元の宝物を発見し、それらをつないで、内部循環型経済をつくることの重要性を共通の認識とし、同友会活動の連携分野、連携先を広げていくことが求められています。個別企業の経営指針と地域経済ビジョン、日本経済ビジョンの一体性を追求し、「社会の主役」としての本領を発揮していきましょう。
「中小企業家しんぶん」 2024年 2月 15日号より