両利き経営―深化と探索

 「二兎を追うものは一兎をも得ず」ということわざがあります。同時に2つのことをうまくやろうとすると、どちらも失敗することのたとえです。しかし、最近「両利き経営」という言葉をよく聞くようになりました。既存事業を突き詰めて強化する「知の深化」と新規事業の可能性を広く模索する「知の探索」の2つのことを同時に行ったほうがよいという経営理論です。経営では既存事業と新規事業の「二兎を追え」ということです。

 この理論の提唱者は米スタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・A・オライリー氏。早稲田大学の入山章栄氏がオライリー氏の原著を「両利きの経営」という言葉に翻訳してこの経営理論を日本に紹介し、日本でも近年広がりを見せています。企業がイノベーションを起こすためには、経営資源(人材、モノ、資金、情報、技術)を共有しながら、探索と深化を行う組織をつくり、新規事業の探索と主力事業の深化の両方を同時に追求するという「両利きの経営」を実践しようという経営理論で、中小企業白書のコラムに取り上げられています。

 既存事業のこれまで以上の「深化」が重要であることは言うまでもなく、多くの企業で行われています。しかし「深化」に寄り過ぎた企業は、「サクセストラップ」に陥りやすく、成熟しすぎたり、時代変化や技術革新についていけなかったりして、主力だった商品・製品・サービスが取り残されます。例えば、近年では携帯電話がガラケーと呼ばれるようになり、スマートフォンに置き換わってしまいました。既存の主力事業が軌道に乗っているうちに、新規事業を「探索」する組織をつくり、事業化していこうということです。こういった「深化」と「探索」のバランスのとれた経営は、意識的に「深化」と「探索」を調整する経営者の姿勢が重要です。

 同友会で「両利き経営」を考えるならば、『企業変革支援プログムVer.2』にもあるように、カテゴリー5の既存事業の「付加価値を高める」という「深化」の組織と、カテゴリー4「市場・顧客および自社の理解と対応」という「探索」する組織をつくり、新規事業を模索することではないかと感じます。加えて「経営者の責任」「経営理念を実践する過程」「人を生かす経営の実践」「企業の社会的責任」のカテゴリーがあることからそれに対応する組織をつくり実践することも興味深いところです。そうなると「両利き」の「腕」だけでなく「頭」「体」「両足」も、という感じで「全身全霊の経営」とでも言いましょうか。

 いずれにしても、同友会の経営指針の確立・実践の企業づくりと企業変革への取り組みは「両利き経営」の経営理論以上の取り組みではないかと感じます。

(I)

「中小企業家しんぶん」 2024年 3月 15日号より