【2023年度第2回中同協経営労働委員会 報告要旨】
中小企業から切り拓く「地域」の未来
拓殖大学政経学部 教授 山本尚史氏

1月18日~19日、2023年度第2回中同協経営労働委員会が開催されました(2月15日号既報)。本号では、拓殖大学政経学部教授・山本尚史氏の報告要旨を紹介します

地方都市が直面する人口減少と超高齢

人口減少や超高齢による影響が大きくなると懸念されています。総務省発表の資料によると、今から約10年前の2015年時点で団塊の世代(66~68歳)が215・2万人、団塊ジュニア(40~44歳)が198・9万人で人口ピラミッドのボリュームゾーンになっていました。では、今年生まれる子供たちが社会に出るころに日本の人口はどうなるのでしょうか。2040年になると団塊の世代が80・4万人、団塊ジュニアは182・7万人になります。この時期に団塊ジュニアの次世代にあたる団塊3世の存在感が期待されるわけですが、残念ながらボリュームゾーンにはなっていません。団塊の世代は後期高齢者(91~93歳)であり団塊ジュニアも65~69歳で高齢者ですから、高齢者の存在感がとても大きい社会になってしまうのです(資料1)。

地方都市の人口はどうなるでしょうか。国土交通省による「国土のグランドデザイン2050」(2014年発表)で、2010年から2050年までの各地方の人口動態の推移予測が示されています。それによると、特に、北海道、東北、山陰地方で極端に人口が減少することが推定されています。このように日本の人口構造は全体として大きく変動するだけでなく、各地の変動の程度が明らかに異なると見られています。

持続可能な地方分散型シナリオの実現に向けて

さらに、京都大学と日立グループが2017年にまとめた共同研究の分析を紹介します。この研究によれば、2050年に向かっていく道筋は「都市集中型シナリオ」と「地方分散型シナリオ」に分かれ、さらにそれぞれ「持続可能シナリオ」と「持続不可能シナリオ」に分かれるとされています。2025年~2027年の間に最初の分岐が来て、「都市集中型シナリオ」か「地方分散型シナリオ」のどちらに向かうかが決まってしまうだけでなく、いったん分かれてしまうと逆行はあり得ないと予測されています。さらに持続可能か持続不可能かの分岐点が2034年~2037年にあるとされています。

私は、「持続可能な地方分散型シナリオ」が最も望ましいと考えています。各地域で個性的で魅力的な生活をするチャンスが増えますし、日本全体として多様性に富む社会をつくることができるからです。そして、そのような社会が何世代にもわたって続くという未来への希望が高まります。

持続可能な地方分散を実現させるためには、地域内経済循環を高めることが不可欠です。具体的には地方税収を増やし、地域内エネルギー自給率を高め、何よりも地方で雇用が成り立つようにすることです。地域内経済循環を高めやすいのは人口30万人ぐらいの規模の自治体だと思いますが、それなりの投資も必要です。よほど工夫しないと難しいため、まず、地方が自立する未来に向かうのだという心構えが必要です。

望ましい未来への道と同友会メンバーへの期待

望ましい未来への道として、同友会の皆さまに大いに期待しています。まず、労使関係を軸として経営を変革し、賃金アップを通じて地域の所得を高めることに貢献していただきたいです。その上で、中小企業振興基本条例を生かして、地域の未来構想を地域内連携で提唱することも重要です。どうすれば地域がよくなり経済的に強くなれるかを考え、産学公民金など地域のさまざまな主体と共存していく上で中心的な役割を担っていただきたいと思います。さらに、地域内の情報交流・取引交流・お金循環を活発にすることに努めていただきたいです。単に地産地消を進めればいいということではなく、地元に投資する資金循環を意識的につくり、地域内の取引を活発にするための情報交流を進めることが必要です。

新しいタイプの事業者も大切にする

近年、「雇われない生き方」を志向する人たちによる新しいタイプの事業者が出てきています。雇われるのは嫌だからという理由で大望や野心を持たずに起業する人たちであり、年々増えています。雇用せず、地元と密着することもなく、オンラインビジネスで稼いでいる人も少なくありません。

このような新しいタイプの事業者は、これまで同友会で学んできた人たちとは傾向が異なります。同友会で大切にしている労使間の信頼関係の構築という価値を伝えるのは非常に難しいかもしれません。しかし、彼らは彼らのいる地域経済に貢献する可能性があります。

新しいタイプの事業者との関わり方が、今後の地域経済発展のカギとなるかもしれません。地域経済への貢献を視野に、地域と関わる入口の機会や場を同友会が提供していくことに活路が開けるのではないかと思います。「ビジネスパフォーマンス+経営者としての価値+知」を組み合わせてお互いを高め合う場づくりは、同友会でなければできないと感じています。

さまざまなタイプの中小企業

地域における中小企業を私なりに整理してみました(資料2)。

先ほど紹介した新しいタイプの事業者は、『青いバラ』に該当します。青いバラの花言葉はかつて「不可能」でしたが、新技術によって青いバラが開発されたことにより花言葉が「夢叶う」に変わった、というストーリーを持っています。青いバラ事業者は自分のお店や会社を持ちたいという念願が叶った事業者であり、金融面や事業面における経営の自立が課題です。地域に自己実現に成功した人たちがいることで、事業者が生き生きしている魅力的な地域を創出することにつながります。

次に『中枢種』。これは生態学の用語で、生態系の存続を左右する不可欠の種を指します。地方経済での中枢種事業者は、地域のメイン産業や企業を支え他企業の生産性を高めるという重要な役割を担っています。その経営課題には経営の自立に加えて競争力の確立も含まれます。

続いて『鶴亀』タイプの企業。老舗企業をイメージしてください。急成長はしなくとも永続するという点で、安定的な雇用を支えています。事業承継は重要な経営目標であり、課題です。さらに戦略的連携を視野に異業種を含めてネットワークを広げていくことも期待されます。

それから『若虎』タイプ。これは急成長企業です。多角的経営で業務範囲を拡大し成長する企業です。地域には新規雇用の創出という点で貢献しています。

そして、『臥龍鳳雛(がりょうほうすう)』タイプ。この語源は中国の古典「三国志演義」にあり、世間には知られていないけれども将来が有望な英雄の例えです。臥龍鳳雛企業は、ひとたび飛び立てば、全国、グローバルな市場で活躍する企業です。スタートアップ企業として政府が力を入れている企業も該当します。このタイプも新規雇用を生み出すことで地域に貢献します。

1つの企業が複数のタイプを兼ねていることも少なくありません。自社の地域での立ち位置、また、どういった企業をめざすかを整理する際の参考にしてください。地域の未来を考えた時に、同友会の皆さまには長寿企業である『鶴亀』、地域になくてはならない『中枢種』企業をめざしていただきたいです。そのための経営改革に、日本の未来がかかっています。

企業変革支援プログラムでよい企業づくりを

学生が就職先を検討する際には、賃金のみならず職場の人間関係や雰囲気をとても気にしています。まず賃金面では地域や業界により変わるかと思いますが、30代で年収400万円以上が目安になるでしょう。これは、地方都市で子ども2人の学費を準備しつつ安心の家庭生活が見込める額です。

そして、労働環境については、若者と女性に選ばれる「社員が安心して力を発揮できる環境整備」をしていくことが、よい企業づくりに直結します。就業規則の整備など法令順守は大前提であり、人間関係のよい職場という社風づくりが何より大切です。そして、事業承継を含めて次の世代につなげてもらいたいです。

同友会の皆さまには、ぜひ経営指針を作り更新を重ねて企業パフォーマンスを高め続けていただきたいと思います。これまでの研究結果からは、企業のパフォーマンスについて変化が現れにくいのが、「企業変革支援プログラム」のカテゴリーⅣ(市場・顧客及び自社の理解と対応状況)とカテゴリーⅤ(付加価値を高める)であるということがわかっています。特に付加価値の間接部門が改善しにくいようです。逆に言えば、ここに注目するとパフォーマンスがアップすると思います。ぜひ「企業変革支援プログラムVer.2」を活用しましょう。経営の健康診断としても使えますし、融資前の定性的評価の評価基準として応用することもできます。

望ましい未来のために条例を使う

中小企業振興基本条例は企業づくりと地域づくりを同時に実現させていくものです。私の捉え方は、経営変革がしやすい環境を整えるために、条例をつくり働きかけていく、という順番です。経営変革を経営者だけでやるには限界があります。そこを地域ぐるみでサポートするためのルールとして条例があるという捉え方です。

中小企業振興基本条例は中小企業の重要性を明言した理念型の条例です。公金の支出や融資の根拠になるものではなく、中小企業とさまざまなステークホルダーの役割を規定し、資金支援以外の支援に道を開く、言わば中小企業の経営変革を助ける存在だとも言えるのです。

ただし、行政では理念条例から施策をいきなり作ることは、まずありません。理念条例をもとにして、いくつもの計画を作り、その計画から施策を作るという流れですので、理念条例の内容を具体化していく仕組みがなければ、行政担当者の方がいくら熱心でも新しい施策を打ち出すことができないのです。

この仕組みのつくり方に万能なテンプレートや教科書はないと考えた方が賢明でしょう。なぜなら各地で歴史も人材も産業構成もまったく異なるからです。地域の現状をしっかりと把握して、仕組みを独自につくる必要があります。中小企業振興基本条例を生かそうとするときには、地域ビジョンづくりと併せて仕組みづくりを具体化していくことに着目していただきたいです。

エコノミックガーデニング

条例の理念を実現していく具体的な政策の実施枠組として、私が研究している「エコノミックガーデニング」を紹介します。エコノミックガーデニングは「エコノミー」と「ガーデニング」を組み合わせた用語であり、アメリカやオーストラリアの地方都市で取り組まれてきました。ここでいう「ガーデニング」とは、地域経済で人々がたくさん集まって肥料をあげたり水をあげたりして地元の中小企業を育てるというイメージです。地元の人たち、仲間たちが地元のモノやサービスを買ったり地元の企業に投資したりする関係を表現しています。「地域経済賑耕」と表現すると分かりやすいでしょうか。

エコノミックガーデニングでめざすことは、価値を生み出す中小企業が長生きして繁栄するように、地域経済というお庭の土壌改良をすること、つまり、ビジネス環境をつくりあげていくことです。地元の経済状況に合ったガーデニングをするところに重点を置いています。

エコノミックガーデニングを成功させるためには、民間側が主体的に関わることが重要です。行政主導だと、人事異動で熱心な担当者が動いてしまうと活動のモチベーションも下がってしまうというリスクがありますが、民間主導であればその点はある程度カバーできますし、取り組みが安定して発展します。

また、条例や実施枠組と政策や事業が一貫していることも大切です。経営変革をサポートするための条例の制定、実態に基づいた中小企業政策の策定を進めるためにも、企業には自社の変革のために必要なサービスや情報を明確にすることが求められます(資料3)。

ビジネス環境を改善する「情報提供」

私はビジネス環境を改善していくためには情報提供がポイントだと考えています。

行政の役割として、補助金などを提供するだけではなく、地域の経営者、企業による経営改革をサポートするための情報提供も重要になっています。そのサポート拠点の1つとして公共図書館があります。多くの図書館では、就職や雇用に関する法律の本、ビジネス資源と情報に関する本、研究開発の本はそれぞれ別々に配架されていますが、静岡県藤枝市の市立図書館ではビジネス支援コーナーが設けられていて、そこでは金融から雇用や就活まで、ビジネスに必要な情報をすばやく見つけることができます。

同友会の皆さまには、レファレンスサービス(図書館利用者が必要としている情報・資料を調べるのを図書館員が手伝う業務)の活用をお勧めします。全国のほとんどの公立図書館でレファレンスサービスが行われていますので、ぜひ活用してみてください。

情報提供という点では、ビジネスコーチング、ビジネスマッチングや女性創業相談、事業者のアイデア創発などがあります。例を挙げると、神奈川県寒川町では伸びる企業に絞って徹底した伴走支援をしていますし、奈良県生駒市は「ビジネス・ハブ」でのセミナーを積極的に設けて、事業者を支援しています。

最後に、拓殖大学第3代学長の後藤新平先生が「自主的自立」という言葉を遺されています。同友会は、地域経済の未来、大きく言えば、日本経済の未来を背負って自立するのだという、その精神に通じるものがあると思います。

「中小企業家しんぶん」 2024年 3月 15日号より