経営者は「いかに環境が厳しくとも、時代の変化に対応して経営を維持し発展させる責任がある」。改めて言及するまでもなくこれが私たちの原点です。同時にこれは「いかなる環境、いかなる時代の変化」も甘受するということは意味しません。
現在の賃上げをめぐる経営環境をいかに考えるかは私たちにとって死活的に重要な課題です。エネルギーや原材料の高騰が物価高を招来し、実質賃金の上昇が追い付かず、デフレからの脱却を阻害している。その解決には大企業は言うに及ばず、雇用の7割を占める中小企業の賃上げが必須であって、そのためには速やかな価格転嫁を進めなければならない。これが現在の賃上げをめぐる文脈です。政労使ともその見解は一致したとして、価格転嫁を促進すべく「パートナーシップ構築宣言」あるいは「価格転嫁指針」の整備が謳(うた)われています。もちろんこれらの施策は歓迎すべきものです。しかしそれが中小企業にとって王道でしょうか。 物価高騰を招いたエネルギー、原材料の値上げの背景には電力料金に象徴されるように、カルテル、あるいは暗黙のカルテルの存在が大きな役割を果たしています。一言でいえばそこには「独占禁止法が機能する公平公正な市場」が存在しないのです。それは構造的な課題です。「価格転嫁」の現場においても同様です。本丸は市場の構造それ自体にあります。
賃上げの目的は「可処分所得の増加」です。その任務は基本的に誰が担うべきなのか。憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を謳(うた)っています。第一義的にこれは国の責務なのです。少子化対策と称する「支援金制度の新設」、「年収の壁対策」と称する雇用保険料率の引き上げ、社会保険の負担増、給与所得控除の縮小など、これらはすべて可処分所得の減少を促すものです。そして極め付きが「賃上げをした企業の税を軽減する」という税制。これは「賃上げできない企業は市場から退出せよ」と聞こえます。政策のベクトルが全く真逆です。まずは「公平公正な市場」を整備し、税や社会保険料の軽減を図るから、賃上げの原資に充ててほしいというのがあるべき姿ではないでしょうか。(可処分所得向上の諸施策は中同協の「国への要望・提言」をご参照ください)
かつて「貸し剝がし」という言葉がありました。現在の賃上げ政策は「人剝がし」という事態を連想させます。賃上げ問題の核心は今ある現場でいかにナショナルミニマムを保証できるかであり、生まれてくる子に「君の最低生活は保証されている」という以上の少子化対策はないのです。田山謙堂氏は「コストが上がるから賃上げ反対というのは愚の愚、どうすればより高い最低賃金を中小企業が克服できるか」と問うています。「中小企業の克服」とは、自助努力と共に市場構造をはじめとする経営環境の変革を意味すると解すべきです。同友会が3つの目的を三位一体として掲げているゆえんです。それは中小企業憲章の基本理念「家族ならびに従業員を守る」と合致します。賃上げ問題とは、トリクルダウンからスモールファーストへのパラダイムシフトであることを改めて共有したいと念じ筆を取らせていただきました。
「中小企業家しんぶん」 2024年 4月 15日号より