連載 仕事を通じて人格を形成する(後編) 
(株)アルカディア 代表取締役 春原 直樹氏(長野)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)アルカディア(春原直樹代表取締役、長野同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

(前編はコチラ)

「仕事観」の共有

前編で述べたアルカディアの変化・発展は社員共通の仕事観に支えられていました。この仕事観は同社の経営理念、「私たちは仕事を通して人格の向上と豊かな人生を育み社会に貢献します。」に表されています。当時社長だった松井利光現会長は1999年に同友会に入会、上田支部長になった2004年、「経営指針をつくる会」に加わり自社の経営理念の確立をめざしました。根源に置いたのが仕事に関する考え方で、社員に対し「仕事は人間社会に最も必要不可欠なもので、社会生活の基盤。人は仕事を求めて一生懸命働く。その働きの結果が賃金報酬となり、経済基盤となって社会生活を豊かにする。仕事を通して経験した失敗や成功体験の中から、貴重な知識と洗練された技術力が修得できる。大きな仕事をするために、同僚と力を合わせた連携も必要になることから、人間関係もよりよい形が育まれる。大局的に仕事とは、人間生活に必要な経済力、知識、技術力、人間関係をつくる力を成長発展させる源泉である」(「中小企業家しんぶん2006年5月15日号」より)を提示し、全体会議などで議論しました。

2つの内容

ここには2つの内容が含まれています。第1は、仕事は仕事をする人と社会が存続・発展するための経済的報酬と経済基盤を生み出すというもの。これは仕事の根源的な意味と言えますが、動物社会にも共通するところがあります。第2は、仕事を通して知識、技術を習得し、人と人のよき関係をつくるとするもの。人は仕事を通して固有の人格と社会関係をつくり上げるということです。また、人は変化する自分を認識することにより喜びも感じるはずです。その意味で仕事は喜びの源泉であり、精神的幸せをもたらします。

この仕事の第2の意味は人だけにあるものです。動物の労働は大部分が本能的で学習による成長は限られますが、自分の意志で目的を設定し、その実現のために適切に道具を選択する。そして、注意深く労働力を支出し、物のかたちを変え、成果を確認――という「人間の労働」は全過程が学習であり、これを通じて「人は人にふさわしい人」へと成長します。「人を創る」のが労働なのです。

松井氏は社員との全体会議などで2カ月間議論しました。明らかになったのは、若い社員ほど仕事は金を稼ぐためと考える傾向が強いこと、この2カ月間は価値観共有の時間となり、「仕事を通じて人間が創られる」という理解が進み、仕事に対する意識が変わりました。こうして出来上がったのが上記の経営理念です。企業は「仕事を通ずる人格形成の場」という意識が広まり、社員の主体性が高まり、顧客の要請をきっかけとする変革を遂行する基盤となりました。

経営理念に救われた

春原直樹社長は「仕事を通じて人格の向上」という考えに救われたことがあると言います。当時、春原氏は1人である業務を担当していました。上手にこなせず、ボトルネックになってしまい、1人遅くまで作業を続けていました。「客のために仕事はきちんとやらなくてはならない」という仕事観がきつい労働を支えていましたが、そのような状況が続くうち、「顧客のために」が自己犠牲感に変わり、「仕事とは犠牲」の思いで人生が暗くなりました。しかし、「仕事を通じて人格の向上」という言葉が耳に入ったとき、「仕事は顧客のためではない、自分を高めるためにあるのだ」と感じ取りました。一挙に心が晴れ、仕事に積極的に向かえるようになりました。春原氏は「経営理念に人生を救われた」と言います。

事業継承と経営理念

当初、松井会長は親族に事業承継するつもりでしたが、うまくいかず、社員の中から能力があり、理念に共感してくれる人を社長として育てることを決意。経営理念をよく理解しているとしばしば感じる春原氏に事業承継を打診しました。春原氏は「私が? とんでもない」と驚き、一旦は断りました。

春原氏は東京の大学の機械科を卒業、東京で一流企業をめざしましたが、就職氷河期で挫折、長野に戻り長野同友会事務局の紹介でアルカディアの面接を受け、入社しました。入社当初は、行きついたのが地方の中小企業なのでせめて社長にならなくてはと思ったこともありますが、目の前の社長は大変そうで、やるものではないと思っていたところ、突然の打診だったので反射的に断りました。しかし、「なぜ社長は自分をこんなにプッシュしてくれたのか」と考えたときに、徐々に「これが私の運命かもしれない」「将来的には務まるかもしれない」と前向きな気持ちが生まれてきました。2度目の打診のとき、仕事で息のあっていた現専務と一緒ならばできるかもしれないと答えました。松井氏は現専務に声をかけ、先に承諾を取り、連絡を受けた春原氏も承諾しました。専務の役について社長への能力を磨き、打診の8年後、2019年に社長に就任しました。

専務になって同友会に加入、「経営指針をつくる会」で一旦ゼロベースになって経営理念に取り組みましたが、精一杯考えても伝えたいことは同じなので、変えないことにしました。社長就任後は、「変えなくてもいいかな」と思っていた理念が、「絶対に変えたくない」に変わりました。「仕事を通じて人格の向上」という思想は、アルカディアの従業員を支え、春原氏の人生を救い、事業承継も成功させ、同社を理想郷(アルカディア)へ前進させています。

会社概要

創業:1983年
社員数:33名
事業内容:精密板金加工、電子機器、制御機器の開発・設計
URL:https://www.arcadia-ueda.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2026年 10月 15日号より